第十五章 紐育(1)
一
雨粒をためているであろう鉛色のちぎれ雲が速足で空港の上空を流れていく。雲量は七ほどか。三割ほどの隙間には、まだ青空がのぞいていた。だが、巨大な嵐、ノーイースターが近づいて来ている。
風は強かったが、さすが航空自衛隊の熟練パイロットが操縦しているだけあって、救国官はじめ多数の要人家族たちが乗った日本政府専用機は、予定していた現地時間四月一日午前十時ちょうどに、無事J・F・ケネディー空港に着陸した。
空港には民間機に加え、多数の軍用機も駐機していた。着陸した機内の窓からも、銃を持った兵士たちがものものしく立ち並び、乗降客を護衛、監視しているのが見える。
「すごい警備だな」
機内から万三郎が目を丸くしてつぶやいた。
ユキが返す。
「だって、このパニックの中、世界のVIPが集まって来ているんでしょう? 混乱に乗じたテロとか、誘拐とか、略奪を警戒しているのね」
万感の思いでなかなか寝付けなかった二人はしかし、疲労と寝不足を感じさせないほど緊張感を取り戻していた。
「杏児、足の具合はどうだ?」
万三郎の問いに、これも完全に臨戦モードに入っている杏児が平然と答える。
「乗ってすぐ手当てしてもらったし、痛み止めの錠剤が効いてるからかな、痛いのは痛いけど、昨日よりはるかにましだ」
杏児は怪我した足の方も、包帯につっかけ履きではなく、すでにちゃんと革靴を履いていた。大仕事を前にしてさすがの気合いの入りようだ。石川審議官も引き締まった表情でこちらを向いて静かに言う。
「結構だ。さあ諸君、行くぞ、短期決戦だ」
客室乗務員の案内をしおに、石川と三人は荷物を持って立ち上がった。
降機した四人は、当局によってあらかじめ手配されていた護衛に付き添われ、ほかの乗客たちとは別の経路で空港施設内の送迎車車寄せに案内された。そこで一行は、迎えに来ていた
車寄せでは、黒塗りのセダンが三台停まっており、運転士とは別に、領事館職員らしきスーツ姿の三人の男性たちが、それぞれの車の前に一人ずつ立って一行を待ち受けていた。
飯塚総務部長が名簿を見ながら乗車する車を指示していく。
「えーっと……こちら、一番後ろの車には、佐東くんと三浦さんと福沢さん。真ん中の車には、大垣さんと石川さんと中浜さん、一番前の車には、私と他の職員たち……」
「分乗のようですね」
杏児が石川に確認した。
「ああ、俺がそう頼んだ。保険だ。日本ですら銃で狙われたんだ。ここアメリカでは誰が何を企んでいるか分からん。万が一、俺と中浜が乗った車が拉致されたり爆破されたりしたら、三浦、福沢、お前たち二人でミッションをやってのけろ」
石川の言葉に、杏児もユキも身を固くした。
車列の後ろから近付いたため、一番手前が杏児とユキの車だった。車の前に、運転士と共に立っていたスーツ姿の男が、近づいて来る杏児を認め、ニコリともせず自己紹介した。
「ニューヨーク領事館総務部の
「この車に乗せていただきます、内閣府
領事館職員であろう運転士がこちらに回り込んでいて、佐東の合図で後部ドアを開ける。
「三浦さん、どうぞ、お乗りください」
石川にお先にと軽く一礼して、杏児が一台目の車の後部座席に乗り込もうとしていたその時、佐東書記官がユキを見て、素っ頓狂な声を上げた。
「あっ! あなたは確かこの間――」
ユキがいやに大きな声で言葉を継いだ。
「そう! そうなんです! 覚えて下さっていましたか? 先日メールでご挨拶させていただいた……」
「いや、違……」
「そう! 違っていたんですよ、アドレスが。それでエラーで返ってきてしまって! 佐東さん、緊急時のためにメールアドレス、交換しておきましょう」
ユキはそう言いながら、ぞんざいな仕草でバッグの外ポケットからスマホを取り出すと、万三郎たちから離れて佐東に近づき、佐東と二人して万三郎たちに背を向け、スマホを見せながら何やらブツブツ言っていた。
そのやりとりをぽかんと見ていた万三郎に、石川が前の車を指さして乗車を促した。
「おい中浜。俺たちは二台目だ。先に乗ってろ」
「あ、はっ、はい」
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