第十四章 覚醒(15)

十五


「頼む、倒れるなよ……」


 つぶやきながらハンドルを握る服部のミニバンは、トレーラーと袂を分かち、車体の右側を大きく浮かせながら、分岐点を警告するラバーポールをバシバシとなぎ倒して、それでもコンクリート塊に正面衝突するのを辛うじて避けきって本線上に止まった。


 右側車輪が路面に着地した衝撃で車体はグラグラと揺れる。


 敵のバンは、こちらがトレーラーについて東京湾アクアライン方面に出ると思い込み、ついて行こうと、ぐっと左へ切り込んできたのが裏目に出た。急減速したこちらのミニバンの前を横切って、自らもコンクリート塊に激突する寸前で、トレーラーの後ろまでようやくかわして、前後ろ逆さまの形で停止した。


「本部……敵をかわした。今、本線上に停止している」


 さすがの服部も大きく息を吐く。


「服部、すまなかった。たった今、援護側の返事が来たんだ。よく聞いてくれ。そのまま湾岸線を直進して、大黒ふ頭のパーキングエリアへ入ってくれ。近隣で、援護のパトカー二台を確保した。今パーキングエリアに向かわせている。一台は敵を足止めする。石川審議官たちは、もう一台に乗り換えてもらって、すぐ羽田へ向かってくれ。ただ、警官を一人降ろしてドライバーだけにしても、一台のパトカーに乗れるのは四人だけだ。石川さん、いいですね」


「古都田社長……」


 無線を聞いた石川は、最後列の古都田を振り返った。


 古都田は顔色が悪く、肩で息をしていた。


「石川さん、もちろんです。私と新渡戸くんと藁手内くんは残る。石川さん、三人をよろしくお願いします」


「分かった。そうさせてもらう。あなた方もご無事で」


 その時、武装グループのバンが分岐点を回り込んで本線に戻ろうとしているのを石川がドアミラー越しに認めた。


「服部さん、奴ら戻ってきた。行こう、行こう、行こう!」


 服部は急いでアクセルを踏みこむ。ほとんど他の車の走っていない高速道路でのカーチェイスがまた始まった。


 万三郎は古都田のショックがかなりのものだと思い、後ろを気遣った。もういい年なのに、こんな乱暴な運転と銃撃の恐怖にさらされては、身体も心も相当なダメージを受けているだろう。無理もない、気分が悪くなって当然だ。


「社長、大丈夫ですか?」


 古都田からは返事がなかった。


「社長?」


 高速走行ながらも直進中なので、抱いていたユキの上体を戻し、万三郎は身体ごと後部座席の古都田に振り向いた。


 古都田は目をつぶってがっくりと首をうなだれていた。


「社……」


「シーッ!」


 驚いて思わず古都田の身体に触れようとした万三郎を、その隣に座っている恵美が強く制した。


「社長は今、レシプロ中です」


「えっ?」


「ことだまの力を使ってここを助けてるんです。ほら、新渡戸部長も」


 恵美が目で指し示した先では、新渡戸が同じように目を閉じて瞑想していた。


「さっき、この車が傾いたけどひっくり返らなかったでしょう? あれ、社長のおかげです。ワーズの力を結集して、物理的な力に変えたの。私もレシプロしていて、社長が助けるシーン、見ていましたから。あなたたちのように若くないから、すごい精神力を使っておられるけど。今はああやって部長が社長の補佐に入ってる……」


「た、助けるって、どうやって」


「それは中浜さん、これからあなたたちが国連本部でやることでしょう? 同じです。規模はずっと小さいけれど、社長たちは、あなたたちがこれから国連で世界に訴えることが決して絵空事ではないことを、はからずも今、証明しておられるんです」


 杏児もシートから乗り出すように後ろを向いていた。


「三浦さん、いえ、三浦救国官。さっき石川さんに『気休めでは』と言っていましたが、あなたのミッションは決して気休めではないわ。最後まであきらめるべきではないと、私も思います。私も死にたくない。あなたに会えるのがこれが最後だとは思いたくない。あなたの帰りを待っている人がいることを忘れないで。きっとまた戻ってきてください」


 いつも変わらず淡々とした笑顔だった恵美が、初めて見せる強い目線で杏児に訴えかけていた。その目に留まりきれなかった涙が、恵美の目尻から頬に一つ筋を描いた。


 万三郎はその時はじめて、恵美も、真実を知る人間の一人として、あらゆる恐怖や不満を笑顔の下に隠して闘っていたのだと悟った。

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