第十四章 覚醒(16)
十六
時速百八十キロ近い攻防。少しでもハンドル操作を誤れば転倒大破、爆発炎上が確実な、一瞬たりとも気の抜けないカーチェイス。ジグザグ運転、車体のぶつけ合い、銃弾が装甲に当たる音……。実際は数分であるはずのこの時間が、万三郎にとっては数時間にすら思えた。
服部は敵の車を欺いて見事に本線からそれ、大黒ふ頭パーキングエリアに車を滑り込ませた。ガラガラの駐車スペースに赤く回転するパトライトが見えた。
服部が叫ぶ。
「左側をパトカーの側面につけます。空港に向かう人はすぐにパトカーに乗り換えてください。あとの
ミニバンがパトカーの横に止まった。
追いかけて来ていた敵のバンは、二台のパトカーと警官を警戒して、少し離れて止まった。
万三郎が振り返ると、古都田はレシプロから覚醒していて、土気色の額にはびっしり汗が浮かんでいた。新渡戸もまた汗びっしょりで眉間にしわを寄せて前を睨んでいた。
「社長、部長! 大丈夫ですか」
「社長、部長!」
杏児もユキも振り返り、思わず古都田と新渡戸の名を呼ぶ。恵美がさっき言った通りならば、若くはないこの男たち二人は、ことだま世界にレシプロして、敵の車をわずかに横滑りさせたり、弾道をわずかに外させたり、相当なエネルギーを使って、この車と三人の救国官を守ってきていたのだろう。恵美自身は二人から数秒遅れて、今、目覚めた。あれからすぐ再度レシプロして、たった今までその様子を見届けていたに違いない。
「社長、部長、もう……もうこれ以上はお体に障ります」
恵美はもはや、恵美らしからぬ涙声になって二人を制止する。新渡戸が肩で息をしながら前列の三人を急かした。
「おい急げ! 君らが飛行機に乗り遅れたために地球が滅びるなんて笑い話じゃ済まんぞ」
古都田が恵美に肩を支えられながらしわがれた声を振り絞った。
「ここから見えなくなるまで、ことだまの力で君たちを守る。君たちが最後の望みなのだ」
それを聞いた恵美が訴える。
「社長、もうだめです。そんな過酷なレシプロは本当にもう死んじゃいます。どうかおやめください。もうお休みください」
その時。
古都田の横の防弾ガラスがバシッ、バシッ、ガツ、ガツ、と音を立てた。続いてミシミシ……という不気味な軋みが車内に響き渡った。
「きゃあ! 社長ッ!」
うろたえる恵美の隣りで、頬を押さえた古都田の右手の指を縫って血がにじみ出てきた。ガラスを貫通した弾道が古都田の頬をかすめたのだ。
恵美は慌ててハンカチを取り出して、古都田の頬の血を拭こうとする。その恵美の手を半ば振り払うようにして、古都田はクワッと目を見開き、血にまみれた手で左のスライドドアを指さした。そして腹の底に残った力を全て絞り出したような大声で言った。
「中浜、福沢、三浦ッ。さあ行けッ!」
茫然としていた三人に「気合い」が入った。三人は異口同音に答える。
「はいッ、行ってきます!」
「今だ! 警官が援護射撃してくれている。来いと手招きされている。皆、行くぞッ!」
そう言って石川が助手席のドアを開ける。風が吹き込んでくる。ピストルや機関銃の射撃音が急に大きくなる。駆け出した石川がパトカーの助手席に回り込んで無事乗り込んだ。
スライドドアが開いた。すぐに杏児が飛び出す。続いてユキ。ところが、わずか三メートル先のパトカーに乗る寸前、跳弾が杏児の靴の先を打ち抜いた。杏児は足を取られて転倒する。
「あッ、熱ッ!」
「杏児ッ! 大丈夫?」
ユキと万三郎は杏児を抱きかかえてパトカーに押し込み、ドアを閉めた。
「熱ぅ……いや、痛ッ、いたたたた……痛い!」
パトカーは急発進して現場を離脱した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます