第十四章 覚醒(14)

十四


 敵のバンは路肩を並走し、こちらが加速したら加速し、減速したら減速して、左側から散発的に銃撃し続けた。運転手とは別に、銃を持った人間が複数乗車しているようだ。左側に座っている石川も杏児も気が気ではない。新渡戸部長も前列のヘッドレストにつかまって頭を下げている。服部が無線で報告している。


「課長、奴ら、空港中央出口で降ろしてくれないようです。退出路をふさいで並走してます」


「調べたが、それは盗難車だ。民間人から被害届が出ている。敵はその一台だけか」


「そのようです」


「うーん……車を拉致しようとするなら、二台、三台は必要だろうに……。突発的な襲撃なのか……?」


「とにかく! こちらに応戦する武器がないので、このまま好き放題撃たれ続けたら、さすがに車体が持ちません。援護車両ないのですか?」


 ガガガガガ。


 敵のバンはこちらに擦り合わせるようにぶつかってきた。


「うわっ!」


 叫んだ石川の真横、至近距離に目出し帽の敵の顔があった。銃を構える二列目の窓は開いている。こちら側の窓ガラスを挟んで銃口から五十センチ以内にいる石川めがけて、奴はピストルをぶっ放した。


 ビシッ、ビシッ……。


 弾が全く同じ箇所に二発当たり、助手席の防弾ガラスは、粉々に割れる寸前まで大きくヒビが入った。


「まずい!」


 服部はハンドルを右に切り、敵の車から大きく離れる。


 そこへ、まさか銃撃戦が起こっているとはつゆ知らず、邪魔だ邪魔だと言わんばかりにクラクションを鳴らしながら二台の間を猛スピードで追い越して行く大型トレーラー。服部が本部に報告がてら大声で言う。


「敵のトレーラーなら、車ごと荷台に収容されて拉致されるかも。無関係なトレーラーなら、ラッキーな目隠しになるが……。どうも後者のようだ。ならラッキーだ」


 しめたとばかり、服部は車を加速し、中央レーンを走るトレーラーの右にぴったりとつけた。これでしばらく助手席側を狙われることはない。


「助手席、ガラス割られる寸前です。課長、もうすぐ浮島ジャンクションです。どっちへ行けば援護を受けられるのか、指示をください」


 無線の先は沈黙した。悩んでいるのだろう。


 たまりかねて石川が無線に口を挟む。


「内閣情報調査室の石川です。もし撃たれずに済んでも、飛行機の離陸時間が迫っている。長くは待ってくれない。搭乗は総理大臣命令なんだ。頼む、何とか援護してくれ!」


 万三郎がカーテンの隙間から外を見て叫ぶ。


「あいつら、こんどは後ろから右側へ回り込んできた。身を乗り出して後ろのタイヤ、狙ってます」


 そう言っている間に、バスッと音がして車体がガタガタと揺れはじめた。服部は慎重にハンドルを操作しながら叫ぶ。


「この車は、ランフラットタイヤを履いているので、タイヤを撃たれてもしばらくは走り続けられます。だが何発も射ち込まれるとキツイ」


 敵のバンは右側の路肩から追い上げてくる。


 ガン! ガン!


 万三郎の真横のボディーに弾丸が命中している。嫌な感触が、装甲の内側に密着させている身体にダイレクトに伝わってくる。防弾仕様車でなければ、万三郎は一も二もなく身体を打ち抜かれていることだろう。


「課長、今トンネルです。トンネル抜けたらすぐジャンクションです。アクアラインか川崎なら左、大黒ふ頭、本牧なら真っ直ぐです。どうしますか」


 トレーラーは、銃撃戦に気付いてか気付かずか、左車線に移動してスピードを緩めた。必然的に政府送迎車は前に出てしまう。敵のバンは、トレーラーに合わせてスピードを落としたこちらのミニバンの右にぴったりつけて銃口をこちらに向けている。


 服部は、車体をトレーラーに合わせてもう一車線左へ移動させた。


「トレーラーが本線から抜けるなら、分岐点直前でトレーラーの前に割り込んで、敵のバンをトレーラーの後ろに追いやります。急ハンドルを切ります。皆さん、しっかりつかまっていてください! 課長ッ、どっちですかッ!」


 服部の送迎車が走っているところはすでに、本線と分岐レーンを分ける斜線部分だ。ジャンクションの分岐点が目前に迫ってきているのだ。トレーラーはそれ以上スピードを落とさず本線を外れる左レーンを走っている。三台が時速百五十キロメートルで横一列に並んでいた。真ん中の服部の前方から、分岐点のポールが迫ってくる。その先はコンクリート壁だ。


「課長ーッ!」


「まっすぐだ服部ッ! 大黒ふ頭方面!」


「みんな、つかまって!」


 服部は急ブレーキを踏みつつ、ぎりぎりのスピードでハンドルを右に切った。

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