第十四章 覚醒(13)
十三
ユキを胸に抱きかかえたまま、万三郎の背中は車内の右側に激しく打ち付けられた。車体が右に大きく傾いて、左の前後輪がたしかに一瞬宙に浮いた……かと思えば、着地と同時に今度は大きく左へ。ユキの身体は今度は反対側の杏児の方へ激しく揺さぶられた。
ビシッ! ガツッ! チュイーン!
得体の知れない音と衝撃が車体を通じて伝わってくる。
「なっ、なんだ?」
杏児が奇声を上げる。運転手の服部が叫んだ。
「みなさん、何かにつかまって姿勢を低くして!」
万三郎も杏児も窓わきの取っ手を片手でつかんだ。ユキの上体は再びこちらへ倒れ込んできているので、万三郎は左手で抱きかかえた。シャーッ。車内カーテンが自動で引かれる。同時に車は右へ左へ激しく揺れた。
「本当に来たな、情報通りだな、くそッ!」
助手席の石川が取っ手に必死につかまりながら叫んだ。
ジグザグ運転の遠心力でカーテンの下端がはためく。姿勢を低くしている万三郎が隙間から見ていたそのすぐ横に、黒いバンが追い上げて来て、こちらのミニバンに並んだ。その横窓が開いていて、黒い目出し帽で顏を隠した男がピタリとこちらに拳銃の銃口を向けている。
「うわっ!」
万三郎が顔を逸らそうとしたその瞬間、
ビシッ! ビシッ!
目の前の窓ガラスに蜘蛛の巣のような白いヒビが入る。万三郎は大きくのけぞった。服部は左ハンドルを切ってバンにぶつかろうとする。路肩を走っていたバンはさらに端に避けてかわす。そのたびに車は大きく揺れ、ユキと恵美の短い悲鳴が飛んだ。
「なんだってんだ! こんな一般車捕まえて、なんで銃を撃ってくるんだよ! 何が目的なんだ?」
誰にともなく叫ぶ杏児。
急ブレーキ、急加速、急ハンドルで敵の車を翻弄し、射撃をかわしながら、服部はわずかに後ろを振り返って微笑んだ。
「この車は一般車ではありません。防弾装甲車です。防弾ガラスで、ボディーもチタニウム特殊装甲です。安心してください」
目の前の取っ手につかまりながら、杏児の質問はもはや叫びに近かった。
「安心してくださいって……、服部さん、あなた、本当は誰なんですか」
「私は警視庁警備部からの出向で、こうした事態の専門家です」
服部はそう言うと同時に、ハンズフリーの無線スイッチをオンにして、早口で報告し始める。
「送迎マルヨンから東京本部へ。聞こえますか、どうぞ」
落ち着いた女性の声が応答した。
「了解こちら東京本部、送迎マルヨン緊急事態ですか、どうぞ」
「ああ、その声はマリちゃん。緊急事態。課長そこにいる?」
「はい、代わります」
すぐに男性の声に変わる。
「服部さん?」
「あ、課長、服部です。敵性車両一台により現在銃撃を受けています。車種は黒のアポロン、ナンバーは一〇―××。検索願います。門を出た時からつけて来てたのは知っていたのですが、やっぱり撃って来ました。現在、首都高湾岸線を西に走行中、もうすぐ空港中央」
「相手の要求は?」
「分かりません。ですが、この車には届け出の通り、内閣府情報調査室の石川卓審議官が乗られています。石川さんと、運転手の私が狙撃されるとまずいことになります。この車が正門を出てすぐについてきていますので、敵は、政府官僚が乗っていることを知っていると思われます。となると、さしずめ、誘拐して、その命と引き換えに、政府の秘密シェルターか何かに避難できる権利を交渉するのでしょうか。でも、交渉材料にするなら、運転している私はともかく、乗っている人質を殺しちゃまずいでしょう? でも奴ら、撃ってきてるんです。あらゆる方向から……」
ビシッ! ビシッ!
石川の座っている助手席の窓にはカーテンがかかっていないため、並走するバンから狙い撃ちされていた。さすがの石川も顏を逸らす。
「無差別に撃ってくるんです。ひょっとして、一人、二人は本気を示すための見せしめに、殺してもいいと思っているのでしょうか」
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