第十三章 選別(10)


 その時、例の警告音を伴って、パトライトが黄色になって回り始めた。今の【sorry】はキャンセルされたので、編成に時間がかかり過ぎていると判断されたのだ。


 斗南が言う。


「痛いだろうけど【sorry】は死にはしません。それより、早く対応を!」


 杏児の代わりに万三郎が斗南に指示を出した。 


「斗南さん、とりあえず、つなぎで、“Holy mackerel!”って出して」


 斗南が目を丸くした。


「おお! 意外な編成。了解しました!」


 斗南が対応している間に、思考停止している将也に代わって、万三郎とユキが次の編成を相談して決める。


「『楊、君はクラブ「夢飛行」のホステスとしてたくさんの客を相手にしていた。君のお腹の子の父親が僕だという保証はどこにある?』ってな感じで、どうかな?」


「うん、いいと思う。で、『クラブ』って、”club”でいいのかな」


「いや、ユキ。たぶん、”hostess bar”だ。クラブは”night club”で、これも、『踊る方のクラブ』のイメージしかない。欧米には日本のように、女性店員が常駐して男性客をもてなすお店がないらしい。だから”bar”だけではイメージが伝わりにくい」


 ユキは万三郎をじろりと見た。


「万三郎、やけに詳しいわね。私たちには内緒で遊び回っているの」


 万三郎は、しょうがないなあという表情を浮かべ、首を振って否定する。


「マスター・ジロー白須田に単語を教えてもらったんだよ。一人でティートータラーに行っている時に。俺自身はそんなところに興味ないよ」


「ふん、どうなんだか」


 なぜか機嫌が悪くなったユキに首を傾げながら、万三郎は斗南に英訳を口頭で伝える。斗南はそれを即座にタブレットに打ち込む。




“You wait on a number of customers at a hostess bar, Yang. How do you know I’m the father of the baby?”(2)




「うん、いいんじゃないか」


 今井家の座敷の映像に重なるように万三郎の英訳がモニター画面に映し出されている。ようやく我に返った杏児が頷いた。


 ユキも同調したのを見届けるや、斗南が招集ボタンを押す。ちょうどホームでは、先ほど呼び出された【holy】と【mackerel】が、シートレに乗り込むところだった。

【mackerel】は特に喜んでいる。車両から乗り出すようにして、万三郎たちに叫んだ。


「久しぶりの仕事をくれておおきに。しかも、売れっ子の相方だけやなくて、『聖サバ』二人での仕事て、涙出るわ……ほんま、おおきにやでえ」


――へえ、『聖サバ』ってユニット、組んでるのか。


 大阪の売れていない漫才師みたいなセリフを叫んでこちらに手を振っている【mackerel】を万三郎はいじらしく思った。今回はたまたま、つなぎで思いついて招聘しただけだが、今後の編成作業では、機会があればもっと ”holy mackerel”を使ってやろう、いや、地球滅亡から免れたら「ホーリー・マッカラル」をクライアントの間で流行らせてやろう、「聖サバ」を育ててやろうとひそかに思った。


「ゴー!」


 斗南がフラッグを振って、”Holy mackerel!!”は飛び立っていった。

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