第十三章 選別(7)
七
杏児は「僕がこちらから直接招集しますね」と斗南に断っておいて、万三郎からタブレットを引き受けて英文を入力した。「招集」ボタンをクリックしたところで、今度は万三郎が、ユキと杏児に心配そうに訊く。
「今の、後半は? 『見てのとおり』って、“as you see”でいいの? “I have a family,”は? “a”でいいの? “the”じゃないの? いや、ここはそれこそ、“my own family”の方がいいんじゃないのか」
杏児は黙りこむ。ユキも渋い表情をして口をつぐんだままだ。
そのとき、パトライトが黄色に変わって回転し始めた。神経を逆なでするようなアラーム音が鳴り始める。コンピューター合成の無機的な女声がスピーカーから流れ始める。
“You are running out of time! Make haste! ” (時間がありません、急いで!)
ユキがイラついてスピーカーを見上げた。
「もう! この癇に障る演出は何! わざと焦らせてるの?」
斗南が焦りにさらに拍車をかける。
「何やってんです、急いで!」
どんなにもどかしく思っても口を出すことがかなわぬ斗南にとって、この試験でみど
組の助手をすることは、とんだとばっちりのようだ。みどり組が負けることで自分の人事評価が下がるのではと思うと、彼もイライラを隠せないのだろう。
しかし杏児もまた、万三郎とともに考え込んだ。
「いや、今井家の家族は特定されているのだから、“the family”なんじゃないか? “I have the family.”」
「そうかあ? “my family”の方がしっくりこないか?」と万三郎は食い下がる。
招集されたワーズたちが到着し、わらわらとホームを走ってくる。シートレは、タブレットを杏児に手渡す前の万三郎によって、「ダサド二百三十系」を二編成呼んであったのがすでに入線してきていた。ワーズたちは車両の前に立って、ETの指示を待っている。
「どれに乗ったらいいんだ? ETは何をしている?」
「早く、万三郎、杏ちゃん! もう、最初ので、いいじゃない」
万三郎がユキを振り返る。
「いや、ユキ、間違えると減点の対象に……」
「シートレの発進が遅くなって、クライアントが相手にやり込められたら、そっちの方が大きい減点になるわよ」
ところが杏児もタブレットを手にしたまま首をひねっている。
「うーん、ここは大きく分けて三つの案かな。“a”か、“the”か、“my”か……。俺は“the”だと思う」
「俺は“my”だと思う。ユキは?」
ユキのイライラは頂点に達しつつあった。顔色が変わっている。
ユキが怒りを爆発させようとしたそのとき、パトライトが赤に変わり、アラーム音はさらにけたたましく音量を増して、ユキの声をさえぎった。
ワーズたちをなだめていた斗南は血相を変えて三人のもとに駆け寄ってくる。
「なんで一問目からそんなに手間取ってるんですか!」
万三郎も声を荒げる。
「慎重になるのも当然だろう? 試験なんだ。間違えちゃ、いけないんだ」
斗南は万三郎の襟首につかみかかりながら、アラームの音量をしのぐ声量で叫んだ。
「間違えていいんだよ、この馬鹿野郎!」
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