第十三章 選別(6)


 社長ら監督者が集うプラットホームの根元から駆け出す。幅の広いプラットホームの右と左に別れ、チーム・スピアリアーズの三人と、みどり組の三人はそれぞれ担当のクラフトマンに率いられて、ホーム中ほどのモニターディスプレイの前までやってきた。


 なるほど、百十七番線用のモニターも、百十八番線用のそれも、ホーム根元にあったのと同じ現場を映し出している。十畳ほどの客間の机を挟んで、中年男性とそれより少し若い女性が座っている。江戸ワードと楠が説明した通りの状況になっているようだ。


 男はKCJのクライアント、今井将也のようだ。となると、相手は楊華音に間違いない。娘真里菜が気を利かせて、神妙な面持ちで楊にお茶を出している。


 『コニチワ。将也ニアイニキタヨ。私、トモダチ』こんなカタコトの日本語で自己紹介する父の友達など怪しすぎる。もちろんこの後、真里菜は隣の部屋でじっと会話に聞き耳を立てるはずだと万三郎は思った。


「斗南さん、お久しぶりです。お世話をかけますがよろしくお願いします」


 駆け出しの頃世話になったことのある万三郎が斗南に頭を下げると、上司である三人のETを前にした斗南は、タブレット端末を手にしたまま明らかに当惑した。


「今日は試験です。僕はあなた方の指示に従ってワーズに召集をかける実務を行うだけです。一切のアドバイスは禁じられています。それより……」


 斗南はすぐ隣でスピアリアーズ側についている同僚島田をチラッと見てから言葉を継いだ。


「早く始めないと、美千代さんが帰って来ますよ。会話に先攻、後攻はないから、もう始めた方が良い」


 三人が斗南の説明に頷いたそのとき、百十八番線のスピーカーからピンポーンと音がして、スピーカーの隣に取り付けられているパトライトが緑色に点灯した。将也のオーダーがみどり組に割り当てられてきたのだ。


 同じホームの反対側ではスピアリアーズが島田の説明を聞いていたが、今の音と光に反応して、祖父谷がキッと万三郎を睨みつけてきた。先程以上に目を血走らせ、激しいむき出しの闘志がうかがえる。


 万三郎は祖父谷の射るような視線を受け流しつつ、杏児やユキと一緒にモニター画面に目を向けた。


 モニターに映っている応接間では、真里菜がお茶を出し終え、障子を閉めて回り廊下を立ち去ったところだった。話し合い開始だ。


 三人は、万三郎が手にしているタブレットに視線を落とす。斗南が持っているタブレット同様、オーダー文が日本語で示されていた。


「楊、僕は君と結婚できない。見てのとおり、家族がいるんだ」


「急いで!」


 斗南の声にハッとして、杏児が万三郎とユキの顔を交互に見る。


“Yang, I can’t marry with you. As you see, I have a family.” 


 そうつぶやいた杏児に即座にユキが反応する。


「杏ちゃん、【marry】は他動詞課よ」


「え? どういうこと?」


 ユキは顔をしかめる。


「もうー。ほうぶん先生の授業で以前習ったじゃないの。『前置詞が要るんじゃないかと日本人が勘違いしがちだけど、彼らには前置詞は不要なのだ』の回で、ゲストで来ていた他動詞課のワーズたちの中に【marry】がいたじゃない」


「そ…そうだったかな……?」


 記憶を呼び戻せない様子の杏児に万三郎が助け舟を出す。


「【enter】(~に入る)とか、【discuss】(~について議論する)とか、教室に来て怒ってたじゃないか。【oppose】(~に反対する)が言ってただろ? 『俺たちの後ろに前置詞を置こうとする奴らに断固、反対する! みんないい加減にしてくれ』と」


 さすがに杏児も思い当たったようだった。


「あ、俺たちと記念写真撮るとき、プラカード持ってた、あのワーズたちか! 『“oppose to”にするな! ”enter into”にするな! ”discuss about”にするな!』 そして……」


「『“marry with”にするな!』」


 杏児は頷いた。


「分かった。”I can’t marry you.”でいいんだな」

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