第十三章 選別(8)


 勢いで後ろによろめきかけた万三郎が驚いて目を見開く。


「あんたみたいな考えが、日本人の英語の上達を邪魔してきてるんだよ、あんたは今、リアルタイムで、英語でコミュニケーションを取っているんだ。無限に時間があるわけじゃないんだぞ。いい加減、目を覚ませ!」


 斗南はそこまで一気に言い切ると、万三郎を睨んだまま、肩で荒く息をした。


 杏児が斗南の肩に手を置く。


「おい……」


 その手を斗南は激しく払いのけた。そして万三郎から手を放すと、今度は杏児の襟をグイッとつかんだ。


「クビにしたけりゃ、すればいい! あんたたちのように現場を分かっていない上司の下で今後働くなんてまっぴらごめんだ! いいか!」


 杏児から手を放し、その手をホームの端に並んで待っているワーズたちに差し向けて、斗南は万三郎と杏児を交互に睨んだ。その目は大きく見開かれ、血走っている。ともすれば涙が浮いてきそうにも見えた。


「俺たちクラフトマンがあいつらの配置を間違えてシートレを飛ばすと、ことだまエネルギーが低下するんだ。あいつら、ひどく疲れる。間違いがあまりにひどいと、シートレが墜落することだってあり得る。知っての通り死にこそしないけれど、あいつらだって怪我すりゃあ、やっぱり痛いんだ。だからあいつら、相当なリスクを背負って仕事してる。だけど!」


 斗南はそう言いながら視線をユキに移した。ユキの目を見てかすかに頷く。それを合図だと理解したユキは、ワーズたちに向けて親指を立てた。ユキのサインを見届けたワーズたちは一斉にシートレに乗り込む。【family】の前の車両には、最初に召喚された通り、【a】が乗り込んだ。


 その様子を目で追いながら斗南は続ける。


「だけど、このチンステでやり取りしているすべての取引は、リアルタイムで進行しているんだ。分かる? 時間がもっと大事なんだ。コミュニケーションってのはキャッチボールだろ? リズムがあるんだよ。たしかにあんたたちはこのホームで最初、大間違いをしでかしてシートレを墜落させた。だけど、あの時怪我をした連中、本当は怒ってなかったんだ。あの後、あいつら言ってたよ。『俺たちのETを育てようってんだ。多少の痛みは我慢しないとな』って」


 ユキの合図で百十八番線、前後二編成のシートレは飛び立って行った。三人の若者のエネルギー量を反映してか、シートレは素晴らしい勢いで彼方のスリットから向こう側へ消えていった。パトライトもアラーム音も消えて静かになった。


「あんたたちは、あれから一生懸命勉強してきたんだろ? 文法や表現やワーズたちのことを。そしたらさ、もう今のレベルになったら、正確性は二番目でいい。間違えてもいい。間違えても、そんなにめちゃくちゃな間違いにはならない。ワーズたちは、怪我したって疲労が襲ってきたって、あんたたちについていく覚悟ができてるんだ。だから……」

 アラーム音が消えた今、斗南はもう、声を張り上げる必要がない。思いのたけを届けたい一心で、絞り出すような嘆願の声色になっている。


「だから、頼むよ。自分たちの力を信じて、間違いを恐れないで、コミュニケーションのリズムを大事にしてほしい。俺たちのクライアントである日本人は、リアルタイムの英語オーラル・コミュニケーション(会話による意思疎通)が苦手なんだ。彼らの英会話に対する意識を、みどり組のあんたたちが変えてくれよ」


 万三郎も杏児も、斗南の泣きそうな視線を、しばらくの間、まっすぐ受け止めた。


「分かった、斗南さん。今からは間違いを恐れず、スピーディーにシートレを飛ばします」


 そう言った万三郎に続いて、杏児も斗南に頭を下げた。


 ユキが二人に聞こえないほどの小声で斗南にささやく。


「斗南さん、ありがとう」


 斗南はユキににっこりと頬い笑み返すと、ユキよりさらに小さな声で返した。


「一年前のあの墜落事故以来、ワーズたち、労災保険に加入させてもらえたんで、怪我しても補償がつくんです」

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