第十二章 騒乱(17)
十七
「ユキさん、すみません! こっち向いてください」
撮影者が入れ替わって、再び撮影。ユキはカメラに向き直って愛想笑いした。
――あれは万三郎……?
再び振り向いて階下に目を凝らす。
ユキの隣に立っていた骨粗しょう症が、片手を顔の前で立てて、カメラを持つ便秘薬に謝る。
「やだ、私、目をつぶっちゃった……ごめん、もう一回、いい?」
「すみません、ユキさん、もう一回……」
ユキは、顏だけはまたカメラに向けたが、後ろの動向にじっと耳を澄ましていた。野太い男の声がマイクを通して聞こえてくる。
「レディース・エンド・ジェントルメン。ショーは終わりです」
「はい、チーズ。今度は大丈夫よね。ユキさん、ありがとうございます」
「もう、いいですか」
にぎやかな医療用女性ワーズたちがようやく立ち去ろうとしているところへ替わって、えっちらおっちら進み出てきたのは、先ほどからユキに話しかける機会を待っていたワーズ、【crutch】(松葉杖)だった。
「すみません、私も、記念に一緒にお写真、よろしいですかあ」
「は……はあ……」
「見てください、これ、最新式なんですよお」
見かけは男性ながら、妙になよなよとした言葉遣いの【crutch】。どうも女性性がうかがえる。【crutch】は、その身体を支えていた松葉杖の一本を手に取ると、先端のゴム部分がキャップのようになっているのを引っ張って取り外し、中から金属製のスティック状の部品を十センチメートルくらい引き出すと、クリップのような部分で自分のスマホを固定した。
「自撮り棒内蔵型ジュラルミン製松葉杖なんですよお」
「はあ……」
【crutch】は、どや顔でユキにそう言うと、ユキの隣に立ってスマホつきの松葉杖を斜め上方に構えようとした。
その時、聞き覚えのある大声がユキの耳まで聞こえてきた。
「祖父谷! これは何のマネだッ!」
ユキは目を丸くして、思わず振り返り、手すり越しに階下を見た。
「あ……杏ちゃん? 祖父谷くん? どういうこと?」
ステージの前の人だかりが一斉にうごめき始めた。人々の叫び声が聞こえる。ステージの脇から白い煙が地を這うように流れ出ている。その近くにいるのは……。
「万三郎、杏ちゃん! 私を放ったらかして、あんなところに……」
沸々と怒りが湧いてくる。ユキは拳を握りしめ、下唇をかみしめた。
「あのー福沢さん……こっち向いてもらっていいですかあ……」
「うるさいわね! ちょっと邪魔、どけてッ!」
「きゃッ」
ユキは【crutch】の自撮り棒を押しのけると、エスカレーターに向かって走った。
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