第十二章 騒乱(18)
十八
「あの二人ィー、許さないッ!」
ところが、エスカレーターの降り口まで来てみると、一階へ降りる下りエレベーターを逆行して、たくさんの人たちが上ってくるのが見えた。鬼気迫る顏をこちらに向けて、足をフルに動かして上ってくるのだ。
「ええッ?」
ユキが掻き分けて進めるような人数ではなく、とても降りられない。
すると隣の、二階へ上がってくる上りエスカレーターから先に人があふれ出てきた。
「ここまでくれば安心だ」
「おいッ、降りても立ち止まるな! 後ろがつかえてるんだ!」
「前へ進んで! 怪我するから」
ユキの周りにどっと群衆がかたまり始めた。エスカレーターから次々補充される上に、二階の会場内からも、騒ぎに気付いた人々が出てきて混乱の輪が大きくなった。さっきトイレの前でユキを取り囲んだ女性ワーズたちも再びここまで出てきて騒いでいる。
「何があったのですか」
「毒ガス騒ぎだよ、毒ガス!」
「ええッ?」
ユキはついにエスカレーターで降りることを諦め、トイレの方へ駆け戻りかけた。その向こうにエレベーターがあるからだ。
だが、数歩戻りかけたところで、吹き抜けを縁取る左側の手すり越しに、一階で騒ぐ万三郎と杏児が見えた。二人ともステージの上に引き上げられ、依然として後ろから男たちに身体の自由を奪われているようだ。
「放せ! 放してくれ。毒ガスにやられる!」
暴れて拘束を振りほどこうとする万三郎と杏児の声が聞こえる。
――毒ガス……拘束……なんだか分からないけど、早く助けなきゃ。
まだそこに【crutch】(松葉杖)がいた。
「あ、ユキさん、戻って来てくれたのね。じゃあすぐ準備しま……」
「邪魔よ、どいて!」
【crutch】は再び突き飛ばされた。
エレベーター扉の前でユキは愕然とした。カチャカチャと下ボタンを押した直後、タイミング良く開いた下行きのエレベーターが満員だったからだ。しかも一番前には、タキシードの新郎とウエディングドレスを来た新婦が立っているのだ。
「あ……」
それでも一瞬、乗り込もうかと足を進めかけたユキに、新婦の後ろの、気難しそうな白髪のお爺さんが大き目の声で言う。
「まさか、乗るというのかね?」
「え、い、いや、あの、どうぞ……」
新郎新婦をはじめ、後ろの親族一同からの冷たい視線を、閉まった扉がようやく遮ってくれた。
二基のエレベーターのうち、もう一基は七階にあって、さらに上層階へと移動中だった。
「ああー、もうッ!」
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