第十二章 騒乱(15)

十五


「なんてこったい、ホーリー・マッカラル……」


【hope】の転倒を目の当たりにした万三郎も杏児も、それぞれ拘束を振りほどこうと身体を揺すったが、【hope】を拘束していた祖父谷とは違い、二人とも屈強なワーズに自由を奪われているため、そう簡単にはいかない。


「【hope】ッ!」 


 ステージに向かって叫んだ万三郎の存在に気付いた【iPad!】は、後ろから羽交い絞めにしている男に命令した。


「おい、そいつもここまで連れて来い。反対側のそいつもだ」


 そして女は、床に転がった【hope】のマイクを拾い上げた。


「レディース・エンド・ジェントルメン。ショーは終わりです。こっそりコトを運ぶ作戦でしたが、ずいぶん予定が変わってしまいました。まあ、結局は狙い通り【hope】を捕らえることができたので、よしとしましょう。さあ、双子の兄弟の激論飛び交う討論会に続きまして、私こと【bad!】によります、終わりの言葉です」


 【bad!】はそう言うと、頬の湿布薬を自分ではがした。


 聴衆は敏感に反応する。


「ば、【bad!】だ……」


「スラムに住んでいるんじゃなかったのか……」


「こんな、ホテルなんかに出没するなんて、何があったんだ……」


 聴衆は恐怖と警戒心を抱き、ざわついた。


「ここにお集まりの、根拠のない希望をもてはやして、地球人類を幸せにしようとお考えの皆さん、皆さんは、目障りでーす。よって、このガスで、一斉に死んでいただきまーす」


 【bad!】はそう言うと、ステージの左端にいた別の部下二人に合図を送った。心得た彼らはその場で揃って防毒マスクを着用した。ハエの顔のような、あれだ。

何が起こるのか固唾を呑んで見守っていた聴衆に向けて、マスクの二人は、クーラーボックスのような箱を開けた。中から白い煙がもくもくと勢いよくあふれ出始める。


 マイクを持った【bad!】が言う。


「おっと、化学反応が予想より激しいな。この濃度だと、少しでも吸っちゃうと助からんかもな……」


 それを聞いて、隣にいた祖父谷が慌てた。


「【bad!】さん、それ、やばいガスですか? 何てことだ! 俺にもマスクを、早く!」


 それを聞いた杏児が叫んだ。


「祖父谷! これは何のマネだッ!」


「ど、毒ガスを撒くなんて聞いてなかった……」


 そのやりとりを聴いて聴衆は悲鳴を上げ、パニックになる。


「毒ガスだって? どういうことだ!」


「に、逃げろ、死ぬぞ!」


 誰かが叫ぶ。


「よく見ろッ! 煙は下に広がっている。空気より重いということだ。だから上へ……に、二階だ! 二階へ逃げろ!」


「うわーッ!」


 客席にいる聴衆と、先ほどから集まって来ていた野次馬の連中が一斉に逃げ出す。大変な騒動になった。【bad!】はそれを見て、ステージ上で笑っている。おどけたような声で【bad!】はマイク越しにしゃべる。


「これにて、当集いは終了とさせていただきます。どなたさまもお気をつけてお帰りください。さよなら、さよなら、さよなら」

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