第十二章 騒乱(13)

十三


 【wish】は聴衆の方に向き直った。


「地球サロン・人類希望の集い」にお集まりの皆さん、皆さんは世の中がそんな単純な希望に満ち溢れている訳じゃないと、実はよく知っているのでしょう?」


「黙れ、【wish】!」


「いいや、黙らない。その事実を知っている人があえて希望を口にするのはいい。だけどそれは時に、純情な人が真実を知ることを妨げ、思考停止に陥らせ、進む道を誤らせるんだ」


「【wish】!」


 【hope】は、【wish】に飛び掛かってマイクを奪おうとしたその時、後ろからその両肩をグッとつかまれ、動きを封じられた。 


【hope】が振り向くと、そこには祖父谷がいた。


「探す手間が省けたよ。守られて堂々とここに出てくるには少々頼りない護衛だったな」


 祖父谷が顎で示す方に目を向けると、ステージ下では万三郎が同様に羽交い絞めにされたまま、唇をかみしめてこちらを見ている。ハッとして反対側に目をやると、同じ目に遭っている杏児と目が合った。


「祖父谷ぃ!」


 杏児は声を出したが、祖父谷は逆に鋭い眼で杏児を睨み返した。


「邪魔をするなと警告したはずだ。愚かな男だ」


 身動きできないまま、【hope】は肉声で叫ぶ。


「【wish】、僕とお前の兄弟二人で世界を少しでも幸せにしていこうと働いてきたんじゃないのか! 人類に希望をもたらそうと以前一緒に話し合ったじゃないか!」


 【wish】はちらりと【hope】の方を見たが、聴衆の方に身体を向け、マイクを握りしめた。


「誤った希望を抱くことでいかに人類が不幸を舐めて来たか、皆さん、思い返してみてください」


 会場はざわついていた。あちらこちらで当惑したようにお互い顔を見合わせる聴衆たちの中にあって、サングラスを取った【iPad!】は鋭い眼を細めて混乱を喜んでいるようだった。


 【wish】は続ける。


「実際のところ、問題なくうまく行くのが当たり前のことには、人間は希望を持たない。持つ必要がないから。成功するか失敗するか、どっちに転ぶか分からないものに対して、好ましい方に結果が出ることをささやかに希望する。これが【hope】の本来の立場なんだ。不肖【wish】もその領分の中で仕事をしてきた。楽しいクリスマスを、幸せな新年を――それが、僕ら希望の『』というべき範疇だ。


 【wish】は「そうだろうが?」と言わんばかりに顔を【hope】に向けた。そして、彼を睨み返す【hope】の眼前で、さらに聴衆に向き直って訴えを続ける。


「それがいつの間にか、あおられて、持ち上げられて【hope】はその領分を超えてしまった。つまり、運命すらも変えることができると勘違いしてしまったんだ。そうなると、事実関係の冷静な分析をやらない。データに基づく客観的な判断を下さない。たとえ、十中八九だめな場合でも、希望を持とうとする。いや、九十九パーセント失敗すると言われてもなお、一パーセントの希望にすがろうとする。『一パーセントでも希望があれば、私はあきらめない』と言えば、カッコ良いでしょう。でもそれを推奨するあまり、冷静に判断して九十九パーセントの常識に振れる人を、逆に意気地なしと批判的に見る向きがある。おかしいでしょう?」


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