第十二章 騒乱(12)

十二


「この偽善者!」


 ようやく拍手が収まろうかという間際、客席から鋭い叫び声が飛んだ。聴衆は皆びくりとして固唾を呑む。もちろん【hope】も表情を引き締めた。


「偽・善・者!」


 司会の女性が慌ててマイクを通してたしなめる。


「御静粛に願います」


 すると登壇通路の辺りがざわめき始めた。誰かが壇上へ上ろうとステージに向かっている。すわ、万三郎は階段まで駆け寄ろうとしたが、突然後ろから羽交い絞めにされた。


「うっ……誰だ」


 身体を拘束している男が後ろから耳元でささやく。


「おとなしくしていれば、痛い思いはせずに済む」


 万三郎は二度、三度と身体を揺すってみたが、男はより強い力で万三郎を抑え込んできた。ふと前を見ると、ステージの反対側の脇で、杏児も同じように後ろから拘束されているようだ。


――くそッ、油断した。


 万三郎は杏児と目交ぜした。


 その視線を遮るように、小さな人影が、落ち着いた様子で階段を上り、ステージに並び立った。【hope】は驚愕の表情を浮かべている。


 小さな人影は、【hope】に瓜二つだった。半ズボンを履いた少年だ。遠巻きに見て違うのは、ズボンの色くらいか。そう、今上って来た少年は、緑と赤の、まるでクリスマスを彷彿させる色の服装だ。


 その少年はやにわに【hope】の手からマイクを奪うと、二、三歩下がって【hope】を指さし、こう言ったのだった。


「皆さん、こいつは偽善者です! 僕はこいつの話を聞いていて、虫唾が走る思いに我慢がならず、ここへ上って来た」


 茫然としていた【hope】は、我に返って、後ろの司会者用ワイヤレス・マイクを借り受けるとステージ中ほどに戻り、自分を指さす少年に対峙した。


「【wish】、何のマネだ」


「【hope】、お前の言っていることはきれいごとだ」


「【wish】、ここで、この壇上で僕を全否定して何の得がある」


「【hope】、頼む。僕の言うことを聞いて、考えをあらためてくれ」


「なんだと」


「頼む、一度、雉島さんの話を聴いて欲しい」


「……お前……キジシマ派に加担しているのか!」


「双子の兄弟のよしみで誘っている。僕が口利きをするから」


 【hope】はわなわな震え始めた。


「【wish】、お前、自分が何を言っているか分かっているのか。いくら兄弟だからって、許さんぞ!」


「これだけ頼んでも分かってもらえないのか」


「当たり前だ。ステージを降りろ! ここはお前の出る幕ではない」


 半ズボンを履いた双子の兄弟二人がステージで罵り合っている。聴衆も司会者も固唾を呑んでこの異様な光景をただ見守っていた。二人の声はマイクを通してこのホテルの吹き抜けいっぱいに響き渡っている。

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