第十一章 裏表(14)
十四
その時、階段の上から黒いドレスシャツに赤いネクタイの男が降りて来て、おどけた調子で三人のETに言った。
「おっ、珍しい客だよ。本日はご来店ありがとうございます」
男は、ユキたちが不時着して連れてこられた前回、二階で番人の役割をしていたネクタイ男【ruthless】だった。
【ruthless】は、声色を戻して用件を伝える。
「おい、雉島さんがあんたらのためにタクシー呼んでくださったそうだ。あんたら女ETによろしくとよ」
「あの!」
【ruthless】は、そう声を発したユキをジロリと見た。
「私、雉島さんに訊きたいことがあるんです。会わせてください」
【ruthless】は表情を変えず答える。
「だめだ」
「どうしてですか!」
「バーテンの【tapster】から報告が入っている。にもかかわらず雉島さんはあんたを二階へ呼ばなかった。今も、あんたによろしくと言った。雉島さんはあんたには会わない、ということだ」
「納得できない。なぜ!」
祖父谷をよけて、今にも自ら二階へ上っていこうかというユキの前に【bad!】がすっと立ちはだかった。
「福沢、ひとつ教えてやろう。あんたは『におい』が強すぎるんだよ」
「はあァ?」
ユキは首を傾げて、それから自分のブラウスの脇に顔をうずめてみる。それを見て【bad!】は「はッ!」とあざ笑うような仕草を見せた。
「古都田から何か言い含められて動いている、そんな『におい』がプンプン臭う、という意味だ」
ユキは愕然として言葉を失った。
その古都田のことを果たして信じて良いのか、それがまさしく雉島に会って確かめたいことだった、二人の間にいったい何があったのか、聞いた上で自分なりに判断しようと決めていたのに……。
「こ……古都田社長のことを、信じられないと?」
ユキがようやく言葉を絞り出すと、【bad!】は手に持っていた、折りたたまれたサングラスを胸ポケットに挿した。
「ああ、信じられないねえ」
それから【bad!】は、数段下に立つユキとの身長差に合わせてその場にしゃがみ込み、言葉を継ぐ。
「いいかET福沢、俺たちは一応、KCJのワーズ社員だ。だが会社組織ってのはおしなべていつも一枚岩ってわけじゃあない。ましてこんな超巨大企業、みんなが一緒の考え方なんて方がおかしい」
しゃがんだまま【bad!】は後ろを振り返って手を伸ばし、二、三段、階段を上がった後ろにいる【ruthless】から一万円札を受け取った。それをつまんで、ひらひらとユキの前にかざす。
「見ろ。諭吉さんが載っている方が表だ。だが裏には、載っていない」
【bad!】はお札の裏をユキたちに見せながら続ける。
「世の中ァ、裏と表がある。表だけでは成り立たないんだよ。そして福沢、あんたや古都田社長は俺たちと違って、こっち側の人間じゃあない。表に住むやつにゃ、裏のことは分からない、と、まあそういうことだ。ほら、タクシー代だ。雉島さんに感謝しろよ」
【bad!】はそう言って、つまんでいた一万円札をユキの目の前で離した。ひらりと舞い落ちるお札を、ユキは反射的に捕まえる。
それを見届けた【bad!】は立ち上がって、上機嫌で祖父谷に言った。
「じゃあな、兄弟」
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