第十一章 裏表(13)

十三


 大音響のダンス・ミュージックとギラギラの光線、座り心地の悪い椅子、どれもが心配しながら人を待つ環境には適していない要素だ。二人は言葉も交わさず、ビールも口にせず、声を掛けて来る男どもを煩わしそうにあしらい、じっと待っていた。


 階段の手すりにもたれて飲んでいたモヒカンとスキンヘッドに動きがあった。ユキと京子はすわと人をかき分け、階段へと駆け寄る。


 二人が見上げると、とぼとぼと祖父谷が降りてきた。


「ちょっと、どいてんか!」


 ユキを押しのけ、階段を下り切ったところの正面で待ち受ける京子。


「ヨッシー!」


 酔いが残っているのか、足を踏み外すまいと注意深く足元を見ていた祖父谷が、ようやく顔を上げて迎えに出た二人に気付く。ユキを見て表情を変えなかった祖父谷だが、次に京子を認めて声を上げる。


「京子! どうして来てんだ」


 京子は黒く着色したハエトリソウのようなつけまつ毛をわさわさと扇ぎながら「心配してやんか!」としおらしい声を出した。


 祖父谷のすぐ後ろから【bad!】が降りてきた。


「ET福沢、デートの邪魔したな」


 ユキはまなじりを上げて【bad!】を警戒する。


「デートなんかじゃ……」


「ほう? 祖父谷はデートの途中だと言っていたが」


 【bad!】はとぼけた風に眉を開いてサングラスを外した。一重瞼の細い眼が京子の方を向く。


「ETの新顔か。モニターカメラの前でゴリラの真似していた奴だな。おい、あんた。あんたの映像、ちゃんと映ってたぞ。雉島さんが、似てると笑いながら、この男を早く返してやらんといかんな、と言った。報われて良かったな、ミズ・ゴリラ」


 京子は驚きと喜びを半々に交えた表情を控えめに浮かべてつぶやいた。


「似てたんや……」


 ユキは祖父谷の反応を見る。さっき京子を最初に見た時の驚きの軽さから、彼も上でモニターを見て、京子が来ているのを知ったのだろう。京子にお礼を言うのかなとユキは思ったが、意外にもただ黙ってうつむいているのみだ。暗いのでわかりにくいが、顔面はこの人らしくなく蒼白に見える。


【bad!】が、ETたちを挟んでいる手下の一人に振り向いて言う。


「それにしても古都田社長もおかしな奴をETに採用するもんだな。人材難なのか?」


 軽く笑ったスキンヘッドの【nefarious】が思い出したように真顔になってポケットから取り出したものを祖父谷の前に差し出した。


「そうだ。さっきボディーチェックの時に預かった鍵、返すぜ」


「どうも……」


 祖父谷は鍵を受け取るも、伏し目がちに肩を落とし、覇気がない。それに、【bad!】以下のワーズたちが、いやに友好的なムードだとユキは感じた。


【bad!】がその、憔悴したような祖父谷の肩をポンと叩いて機嫌良さそうに言う。


「おい兄弟、あのワイン旨かったぜ。また持って来いよ」

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