第八章 善悪(15)


十五


「一般的な日本人が英語を習得するまでの三千時間。英米人は他のことに費やすことができる。日本人は三千時間分のハンデを背負っているわけだ」


「……」


「日本の中学、高校、大学で英語を学んでいる学生の数はざっと一千万人。一千万人×三千時間。それだけの生産性が英語のために費やされている」


「……」


「祖父谷、そのことに対するお前の意見を、今聞きたい」


「……あ……いや、それは……」


 祖父谷は顔を赤らめ、口を半開きにして、両手を胸の辺りに持ち上げたまま、ゆらゆら震えるように揺らした。考えは、まとまらなかった。というか、なかったのだろう。

充分待ってから、雉島は元の冷たい目に戻って車椅子を転回させた。


「だめだ、やはりまだ早い。おい、この三人をチンステに送り返してやれ。丁重に、な」


「はい」


 【bad!】が返事をして、部下に目で合図をする。心得たネクタイ男【ruthless】と、スキンヘッドの【nefarious】が三人のETの背後から近づいてきて言った。


「雉島さんに感謝しろよ。無傷で帰れるなんざ、運のいい連中だ」


「ま、待ってください!」


 ユキが雉島の後ろ姿に声をかける。


「あなたは、ソウルズとおっしゃいました。何者なんですか」


「てめえ、時間切れだ。痛い思いしたくなけりゃ、質問の時間はなしだ」


 【nefarious】がユキの背後でポキポキと指を鳴らす。去っていこうとしていた雉島は頭だけ振り返って言った。


「もはやリアル・ワールドに肉体を持たない人間だ。死者の霊魂と言った方が理解が早いか。古都田に言っておけ。レベルの低いETの方が支配コントロールしやすくていいと思っているのか。だが、その判断はお前にとって命取りだと」


 再び動き出した車椅子の背中に万三郎が声を投げた。


「雉島さん、あなたは古都田社長の何なんですか!」


 車椅子がくるりと万三郎に向いて、雉島がニヤリと口元を緩めた。


「敵だよ」




◆◆◆




(1)The Global Language Monitor (GLM) :米テキサス州オースティンに本社を置く、特に英語に関するトレンドやメディア分析によるデータを加工、提供する企業。"Word of the Year"などの賞の主催で有名。

http://www.languagemonitor.com/category/number-of-words/


(2)English Tutors Network http://www.etn.co.jp/approach/period.html


(3)同上

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