第八章 善悪(14)
十四
万三郎は最初きょとんとしたが、馬鹿にされているとわかり、ムッとして言った。
「どうしてそんなこと、訊くんですか」
「なぜKCJにいるのか、知りたいと言ったのはお前たちだ。それを教えてやろうと思ったが、今の話で気が変わった。お前たちにはまだ早い」
「あの!」
万三郎が何か口ごたえするより先に、祖父谷が食い下がる。
「雉島さん、こいつにはまだ早いかもしれませんが、こいつと一緒にしてもらいたくないです」
雉島は祖父谷に向き直る。
「英語が嫌いだから教えない、大好きだから教える、というわけではない」
「いえ、俺もそこを言っているのではないです。俺はこいつより優っている、こいつは俺より劣っていると言いたいのです」
「おい、祖父谷!」
万三郎は隣の祖父谷に食ってかかろうとしたが、祖父谷は無視した。
雉島はわざわざ祖父谷の正面まで車椅子を移動させて、下から睨め上げるように厳しい目を向けた。
「祖父谷というのか」
「はい」
すると突然、雉島が英語で祖父谷に何か言った。
“Tell me the cumulative time you’ve spent on English studies so far.”
流れるように滑らかで発音もネイティヴのようであったので、祖父谷以下三人のETは目を見張る。
「は?」
祖父谷はそう訊き返すしかなかった。
「やれやれ。誰が優っているだと」
雉島のずっと後ろに控えている【bad!】が笑っているのは、その口元を見れば明らかだった。祖父谷はたちまち顔を赤らめて、うつむきそうになるが、うつむいたその視線の先に車椅子の雉島がいるので、小さい声で言わざるを得なかった。
「も、もう一度、お願いします」
雉島はもういい、といった感じで顔を一度左右に振り、今度は日本語で訊く。
「お前、大好きな英語を学び始めて、累積で何時間になる?」
「え?」
「日本人が実用レベルの英語を身に着けるのに必要な時間は、三千時間と言われている(2)。中学から大学までやって、多い者でもせいぜい千五百時間だ(3)。お前もその辺りだろう」
「……」
「さて、お前は今からあと最低千五百時間を、英語学習に費やすのだな」
「……そ、そうなります……かね」
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