第七章 ワーズ(二)(5)
五
「『きぃー、このおたんこなす!』って思ったわよ」
【be子】は、三人のETにそこまで話をしたところで、我に返って思わず周りを見渡した。自分の話が周りに聞こえているのではないかと恐れたようだった。
だがそれは杞憂だった。「焼鳥いろは」の店内は、満員の客でいよいよ活況を呈していて、喧騒の中、他の客は誰も【be子】の話に注意を払っている様子はない。だが、見回しているうちに彼女は知り合いのワーズを見つけて声をかけた。
「あっ、【so太】くんじゃない! 昨日はどうもー」
【be子】は大きな声で向こうのテーブルで仲間たちと語らっていた男に声をかけた。
「あっ【be子】さん、来てたんだ。君、昨日僕と一緒に仕事したときも、毎日すごく忙しくしてるって言ってたのに、『いろは』に来るなんて珍しいね」
「今夜は、かわいい子たちに、ここの焼鳥を食べさせたくてね」
【so太】と呼ばれた気さくそうな男は、にこやかな表情のまま三人をちらと見やる。三人は軽く頭を下げる。
「そうかあ、ま、楽しんで」
「そっちもねー」
【so太】は、テーブルの他のワーズたちと話が弾んでいたのか、【be子】への挨拶もそこそこに、再びおしゃべりに興じていった。【be子】はそんな【so太】に笑顔で軽く手を振ってからカウンターに向き直った。
「ええっと、どこまで話したかしら」
ユキがすかさず答える。
「おたんこなす、までです」
「ああ、そうね。あの頃の【do麻呂】はね、あたしとは逆に、いろいろな役を引き受けて、自分に箔をつけたがってた。若いから背伸びしたかったのね」
【be子】は自分のビールをあおる。
「それならなぜその時、【do麻呂】先生は【be子】会長の代わりに、受け身形委員に立候補しなかったのでしょうか」
万三郎の質問に、【be子】はジョッキを置いてニッコリ笑った。
「たぶん【do麻呂】はね、自分が『助動詞』で、動詞の原形の前にしかつくことができないから、受け身形が過去分詞を伴う以上、自分は対象外だと思っていたはずよ。あたしはあの頃はまだ若くて、そのことをよく分かっていなかったんだけど、彼はすでにそれを知っていたんでしょうね、たぶん」
そう言ってまた髪をさらりと掻き上げる【be子】に、今度はユキが尋ねた。
「あのう、それならなおさら【be子】会長が、他のワーズではなくて、【do麻呂】先生に助けを乞うたのは、どうしてですか」
【be子】の手は髪の中ほどで一瞬止まった。うろたえたような【be子】の視線が、目の前のビールジョッキに意味もなく固定された。数秒の間があって、【be子】は顔を上げて、ユキを見て笑った。
「その頃から付き合ってたのよ。あたしたち」
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