第七章 ワーズ(二)(4)
四
【be子】は、ワーズ総会に出席している皆の無言の視線にさらされて、何か言わずにはおられない、重苦しい気持ちに襲われた。
【be子】はおずおずと立ち上がる。
「あ、あたしは、皆さんご存知の通り、すでに前回の総会でも決まったお役をいただいています。ですから、このお役は誰が他の方へ……」
【be子】の訴えは切実だった。
前回の総会では、すでに創設が決まっていた「進行形の創設に関する規約」に基づく「進行形制作委員会」の委員の選考が行われ、現在分詞の前に定置して、進行形をつくるための委員として【be子】が推薦され、たちまち全会一致で【be子】に決まったという経緯があるのだ。
これだけでも相当な重責である。【be子】としては、これ以上激務が増えるのはどうしても避けたかった。
「でもさあ、後ろに続くのが過去分詞か現在分詞か、それだけの違いで、違う意味で作文できるわけだから、とっても分かり易くていいと思うのよね。ねー、奥さん!」
【lightweight】が、【nobody】に同意を求める。心得たとばかりに【nobody】はその提案を補強する。
「後に分詞をしたがえるなんて、【be子】さんの存在感って、うらやましい限りだわあ。それに、まだお若いんだから、いい経験になるのではなくて?」
すかさず【irresponsible】が合いの手を入れる。
「ほぼ決まりね。【be子】さんよりこのお役にふさわしい方って、ちょっと思いつかないわ……」
【be子】は唇をかみしめた。
――これだわ。こうしてこのオバサンたちはいつだって、若くて、まだきっぱりと辞退できるしたたかさを持ちあわせていない、あたしみたいなワーズにお役を押し付けて、とっとと家に帰って人気のドラマでも見たいんだわ。エゴの塊なんだ、この人たちは。
【be子】は辟易しながら、それでも他の人目があるので、角が立たないよう、遠慮がちに反論を試みる。
「でも……『受け身形』、『進行形』両方をあたしがやるときっと混乱します」
【be子】は本当にそう考えていた。
――だって、「受け身」は「受動態」ともいって、文の、いわば縦柱である「
うら若き【be子】は、【lightweight】や【nobody】や【irresponsible】を精一杯睨んだが、彼女らはひるむ様子もなく、議長の裁決をしれっと待っている。
「優秀なお嬢さんにお任せして、私たちはもう帰りたいわあ」
――この人たちは、混乱の危険性なんて百も承知であたしに役を押し付けているんだわ。ああ、この人たちが早く帰ってドラマを見たいという理由で、後の英語学習者は、こんな複雑な文法を学ぶことになるんだわ……。【do麻呂】、助けて!
【be子】がすがるような目で【do麻呂】を再び見ると、彼は、あらぬ方を向いて鼻をほじっていた。【be子】は【do麻呂】のその無神経な態度に立腹して思わず歯噛みする。
――きぃー、このおたんこなす!
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