第四章 研修(18)

十八


 教室入口に立っている新渡戸部長は、向こうの隅に固まっていた二人の講師も、中央の戸井久美子先生の方に寄るように言い、さらにほうぶん先生にも再登壇するように言った。


「ET諸君、左から、倉間ほうぶん先生、戸井久美子先生、片井文吾郎先生、甲斐和月先生だ。この四人のプロフェッショナル講師陣が、君たちみどり組の英語学習プログラムを支える。改めて挨拶を」


「はい」


 万三郎、杏児、ユキがその場で起立し、講師たちに礼をする。ほうぶん先生が笑顔で言った。


「明日からはいよいよ学習に入るわけでござる」


 新渡戸が後を継いで説明する。


「いいか、みどり組の諸君、よく聞いてくれ。プログラム全期間を通して、諸君は語彙力ごいりょくの強化に努めてもらう。早い話、英単語を覚えろということだ。わがKCJのワーズ社員達のことを、一人でも多く学んでくれ。ワーズたちを君たちと引き合わせる役目を、私、新渡戸が担当する」


 新渡戸は話を続けながら、ほうぶん先生の方に目を向けた。


「その上で、プログラム一年目は主に、英文法のやり直しをやってもらう。全員必須の科目として、ほうぶん先生の英文法のレッスンを受けなさい」


 三人は頷く。


 KCJにおける英文法は、シークウェンス・トレインの編成技術に直結していることを、少なくとも万三郎と杏児は体験的に理解していた。もうあのような嫌な体験はしたくないと二人とも思っている。


「その上で、一年目は、口語英語のレッスンを福沢くんに、文語英語のレッスンを三浦くんに、ビジネス英語のレッスンを中浜くんに、それぞれ受講してもらう。分かったかね」


 万三郎が訊く。


「それらは三人が別々にレッスンを受けるのですか」


 新渡戸が頷く。


「それぞれ得意分野を持つことで三人協力したときにより広い範囲をカバーしようということだ」


 口語英語担当の甲斐先生はユキににっこり笑いかけた。


“Take it easy, Yuki.”


 ユキも笑って再度お辞儀をする。


「甲斐先生、よろしくお願いします」


 文語英語担当の文ちゃん先生も、杏児に向けてハットを持ち上げて言った。


“I admire people who dare to take the language, English, and understand it and understand the melody.”(8)


 文ちゃん先生は、大変きれいな英語の発音だった。きょとんとしている杏児に、新渡戸が翻訳してやる。


「『英語という言語に思い切って取り組み、英語とその旋律を理解する人たちを、私はすばらしいと思う』マヤ・アンジェロウという、有名なアメリカ人女性作家の言葉だ」


 ビジネス英語担当の戸井先生は、ほとんど無表情で万三郎に言った。


“Now, Part 1 will begin.”(9)



◆◆◆



(1)“How to Win Friends and Influence People”  Dale Carnegie” 邦題『人を動かす』 1937年発売。著者のデール・ブレッケンリッジ・カーネギーはアメリカ合衆国の実業家、作家、ビジネスセミナー講師。本書ならびに『道は開ける』などの自己啓発書は二千万部以上の売上を記録した。


(2)“Your smile is a messenger of your good will. Your smile brightens the lives of all who see it. To someone who has seen a dozen people frown, scowl or turn their faces away, your smile is like the sun breaking through the clouds. ” 出典:“How to Win Friends and Influence People,” Dale Carnegie 1937


(3)「笑顔は好意のメッセンジャーだ……あなたの笑顔は雲の中からあらわれた太陽のように見えるものだ」……『新装版 人を動かす』D.カーネギー著 山口博訳 創元社より。


(4)「そうか……そうか! タマタマがないんだ。ノー・ボールズだ!」

第二章の野球の場面で、三浦杏児は、打者ベン・マンズフィールドに、「まだワンストライクじゃないか」と、なだめる趣旨のセリフを山本捕手に言わせようとしたのだが、混乱のあまり誤って、“You don't have balls.”(お前にはballs(睾丸)がない=意気地なし)と翻訳して、結果的にマンズフィールドの怒りに油を注いでしまったことに、この時気づいた。


(5) “The style is the man.” 「文は人なり」と訳される。文章は筆者の思想や人柄が表されており、文章を見れば書き手の人となりが判断できる、という意味。フランスの博物学者ビュフォンが、一七五三年、アカデミー・フランセーズの入会演説で言った言葉。


(6)主要なビジネス英語検定である、TOEIC Listening & Readingテストをこよなく愛する戸井久美子先生のキャラクターとなっている。いわゆる「TOEICテストあるある」で、試験会場内の受験者数と回収した問題冊子(テストブック)および解答用紙の数を照合する、定型化されたやり方。

なお、TOEICListening & Readingテストは、ETS(Educational Testing Services)の登録商標です。


(7)「趣味は大学めぐりと……変更になることです」……これもいわゆる、「TOEICテストあるある」。


(8)マヤ・アンジェロウ Maya Angelou (一九二八~二〇一四)アメリカを代表する黒人女性詩人、作家。黒人公民権運動で積極的に活動した人権運動家でもある。二〇一四年死去。


(9)“Now, part one will begin.”

「では、パート1を始めます」 TOEICテストの、リスニング・コンプリヘンションテストが始まる直前の男声ナレーション文言。ディレクションズ(事前説明)が終わり、この文言が放送されると、受験者は非常な集中力を求められる。

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