第四章 研修(17)
十七
能力開発課の課長で文法担当の、ほうぶん先生こと倉間
それは、歳の頃三十あたりだろうと思われる、髪を後ろで束ねて、ほっそりとした端正な顔立ちの女性だ。メイクは濃くなく、口紅もナチュラル、黒のパンツスーツに白いブラウス、光り物は一切身につけていない。まったく目立つポイントのない、シンプルないでたちだ。
「わたくし、ビジネス英語を担当します、
そう言うとこの女性講師は、教卓から一歩横にずれて、両手のひらを臍の辺りに重ねて、背中をピンと伸ばしたまま腰から四十五度に折れるお辞儀をした。
「主に英語でオフィスコミュニケーションがとられる職場ならびにビジネスシーンに役立つ英語を、わたくしと一緒に学びましょう」
戸井久美子先生は、もう一度お辞儀をすると、教壇上に直立した。
無言の時間が流れた。
それが不自然なほどの長さになったので、たまらず新渡戸部長が彼女に呼びかける。
「久美子先生……?」
先生はハッとして部長の方を見た。
「あ、新渡戸部長、すみませんでした。人数を、数えておりました」
「は……はあ?」
少し当惑する新渡戸部長を尻目に、下の名前で呼ばれた戸井久美子先生は、黒板の方に向き直るとチョークを手にとって、杏児の机の前辺りの黒板に、「1」と書き、万三郎とユキの机の列の前の黒板に、「2」と書いて、次に「1」をゆっくり丸で囲み、さらに「2」をゆっくり丸で囲んだ。(6)
その不可解な行動を見届けて、新渡戸が再び久美子先生に声をかけた。
「なにか、もう少し自己紹介を……」
「そうですか。はい部長、分かりました」
先生は三人のETの顔を代わる代わる見ながら、澄んだ、あまり抑揚のない声で自己紹介を始めた。
「趣味は大学めぐりと、蛍光ペンで顔写真のふちに直線を引くこと。特技は足音を立てずに歩くこと。好きな時刻は十五時一分。嫌いなものは、床に寝かされていない傘。スマホの電源は常にオフにしているのでつながりません。悩みは木曜日に取った歯医者の予約が必ず変更になることです」(7)
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