第四章 研修(7)


「ええっ! 同じ新人ET?」


 杏児が素っ頓狂な声を上げる。


 再び、福沢と呼ばれた髪ビシどじょう女が杏児を睨みつける。その紺のスーツの上着の襟のところには、なるほど、金色の鴨の社章が燦然と輝いていた。


 新渡戸が平然と杏児に問い返す。


「そうだ。なぜそんなに驚く?」


「い……いや、新人ではなく、先輩かと……」


「同い年だと思うが。あるいは数か月彼女の方が先輩かな」


 新渡戸はそう言いながら、髪ビシ女に、万三郎の後ろの席を指し示した。


「だが新人ETであることに変わりはない。お互い、仲良くやってくれ」


 そう言う新渡戸に続き、ほうぶん先生が優しく髪ビシ女に着席を促した。


「座りなされ」


「はい」


 女は席に向かう。幾分震えが落ち着いてきたようだ。杏児がそれを目で追いながら独り言のようにつぶやく。


「新人て。昨夜ゆうべ僕たちにあれだけ偉そうにしておいて……うがっ!」


 通りすがりに、髪ビシ女が肩から提げたトートバッグが杏児の後頭部を強打した。女は慌てもせず言う。


「あーら、ごめんあそばっせ」


 それを見ていた万三郎は、これは明らかに宣戦布告だと思った。「仲良くやってくれ」と聞いた五秒後にこれだ。


「なんてこったい、ホーリー・マッカ……」


 そう口の中で言いかけた万三郎の耳に、小さく鋭い声が飛びこんできた。


「昨日のことは忘れなさい、いいわね」


 席につくなり、髪ビシ女は釘を刺してきたのだ。万三郎は機嫌が悪くなる。


――なんて高飛車な言い方なんだ、同輩のくせして……。


「昨夜のことって、君が俺たちの前でどじょう掬い踊りをしたこと?」


 万三郎は前を向いたまま、意地悪く訊き返してやった。


 後ろが一瞬無言になった。


――ああ、ちょっと言い過ぎたか……。


 万三郎が軽い後悔の念を覚えて後ろを振り返ると、右頬の中心に痛みが走った。


「あいたっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る