第112話 ダンス大作戦



 あれから自分でも検証してみたが、やはり視線感知は監視カメラ越しだと機能しないことがわかった。

 いや、厳密に言うと遠隔地を起点とした視線を感知しないと言った方が正しい。

 視線感知の効果範囲内かつ、至近距離に視線の主がいれば視線感知は反応を示した。


 視線感知は複雑な概念術式が組み込まれているため、たとえ電子データを介していたとしても視線自体は拾うことができる。

 ただし、電子データを介すると、至近距離からでないと感情までは読み取れないことがわかった。

 恐らく何か媒介を通すことで思念が減衰するからだと思うが、俺はこの術式の作成者ではないため詳しくはわからない。

 調べること自体は可能だろうが、複雑な術式を読み解くにはそれに応じた魔力介入が必要となるため、恐らく『転換の秘法』を用いても全てを読み解くことは不可能と思われる。


 今回のケースで言えばカメラ自体は視線感知の効果範囲内にあったが、視線の主である海老原が効果範囲外にいたため効果がなかったというワケだ。

 普通に考えればわかることなのだが、学生の身としては特殊なケースなので今まで検証していなかった。



(一応、スマホのカメラ越しになら検証したことあるんだがな……)



 視線感知自体こっちの世界ではあまり使うことのない術だが、以前速水さんの件で簡単な検証は行っていた。

 その際に、効果範囲や、スマホを含むカメラ越しでの感知についても確認を行っている。

 しかし、効果範囲内でも距離が離れると電子カメラ越しでは感情を感知できなくなることや、視線の主が遠隔地にいるケースなどについてまでは検証しなかった。

 そこまで検証する意味がなかったから当然と言えば当然なのだが、それはそれとして時間を作って検証しておくべきだったかもしれない。



「それで、その海老原ってヤツが黒幕なのか?」


「まだわからない。ただ、何かに関わっているのは間違いないと思う」



 あれから海老原が俺達に直接接触してくることはなかったが、フロア内で何度か目にすることはあった。

 基本的にはスタッフへの指示を出したり、客への応対をしていたが、自ら接客をする姿も見ている。

 常連客とは顔馴染みのようで、面識のある客はかなり多いようだ。

 アウトローっぽい輩もヘコヘコしてたが、アレは恐らく海老原本人ではなく、部下の強面こわもて達を恐れているのだろう。



「何か掴んだのか?」


「具体的には何もないが、海老原の部下の強面の何人かが客に接触しているのは確認した。その中には、清水達のようなアウトローも含まれている」


「そりゃあ確かに怪しいな」



 海老原が指示を出しているのか、それとも強面達が独自に接触しているのか、現時点では判断できないが、何も関係がないという可能性の方が低いだろう。

 部下の管理ができないような無能にも見えなかった。



「問題は、その強面達とアウトロー達が何を話していたかですね」



 麗美がニヤリと笑いながら言う。

 本当は笑い事ではないのだが、麗美はどうにもこういった陰謀だとか悪巧みの類が好みのようだ。

 前世から数えれば、もうかなりイイ歳だろうに、中二病感覚が抜けないらしい。

 ……まあ、俺も人のことは言えないので、やはり精神が肉体の年齢に引っ張られているのは間違いない。



「静子、海老原やその部下については調べられたか?」


「経歴や年齢などの基本情報は調べられました。個人のスマホについても一応確認はできましたが、これといった情報は無かったです。どうやら、彼らは業務用の連絡端末を使っているようですね」


「その業務用の端末については確認できたのか?」


「いえ、残念ながら。彼らのメッセージの一部で業務用スマホという単語が出てきたのみで、直接的な情報は何もありません。店のPCにも侵入をしてみましたが、電話番号すら発見できませんでした。……ここまでくると、何か徹底しているように感じますね」


「ふむ……」



 静子の電子介入の最低限の条件は、電気的な疎通が取れることである。

 それさえ満たしていてば有線だろうが無線だろうが、通信経路さえわかれば侵入することが可能だ。

 非常に強力なハッキング能力だが、実際のハッカーと同様、外部から完全に隔離されたネットワークや、スタンドアローン環境へのアクセスは基本的に不可能。

 今回のケースではそこまでのハッキング対策はされていないようだが、通信手段を限定しているのは中々に小賢しい。

 ひょっとしたら、何かを警戒しているのかもしれない。



「まあ今の時代、何から情報が洩れるかわかりませんからね。ウィルスや不正アクセス、家族による情報漏洩……、そういったことの対策は、後ろ暗いことをしている輩の方がしっかりしているもんです」



 ……真矢君の言う通りかもしれない。

 昨今は毎日のように不正の発覚や炎上が起きているが、どれも基本的に表舞台に立つ人間ばかりだ。

 反社関連の情報漏洩というのは、あまり見ない気がする。

 見つかれば捕まることが確定するような案件を取り扱っているからこそ、厳しいルールを設定しているという可能性は高い。



「しかし、そうなると少し面倒ですね」


「あ! じゃあ不良グループの方に接触するのはどうですか!?」


「一重、それじゃあからさまに怪しまれるだろう」


「そ、そうですけど、店の外とかなら……」


「ダメだ。現状ではリスクが大きい」



 現在は清水達のときとは、状況が変わっている。

 清水達から俺達の記憶は消去したが、奴等から連絡が途絶えたことで背後の者達も警戒している可能性が高い。

 監視が付いている可能性も十分にあるし、そうでなくても足がつかないように後始末するのは骨が折れる。

 それに、仮にやったとしても、恐らくは清水達と同じレベルの情報しか引き出すことはできないだろう。



「となると、向こうからの接触を待つしかありませんか……。やきもきしますね……」


「ああ。ただ、気はすすまないが誘う手がないワケじゃない」


「っ! 流石マスター! 一体どんな手が!?」



 麗美が期待した目で俺を見てくるが、正直気まずい。

 今から俺が言う作戦は、作戦と呼ぶのも憚られる低俗なものだからだ。



「……簡単だ。一重に、ダンスをさせる」


「……はい?」



 俺の言葉に、麗美と尾田君、そして一重本人がクエスチョンマークを頭に浮かべる。

 しかし、静子と津田さん、真矢君は気づいたようだ。



「師匠、最低です……」


「神山……、今だって十分アレなのに、それはちょっと……」


「確かに、間違いなく効果的ですけど、やり方が……」



 三者とも、かなり引いている様子だ。

 クソ! 俺だってこんな手は使いたくないんだぞ!?

 ただなぁ、間違いなくこれなら引っかかるんだよ!

 だってアイツ等、他の踊っている客にも鼻の下伸ばしてたからな!



 ということで、反対意見はあったものの、一重にダンスを踊らせる作戦を決行することとなった。



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異世界から転生!? 転生賢者の第二の人生 ~バカとテンサイはカミヒトエ~ 九傷 @Konokizu2

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