第111話 クラブ潜入②



 潜入捜査を開始してから二週間で、このクラブハウスの実態については粗方掴むことができた。


 まず、クラブハウス・ヴァニラは入場料金を含め、価格設定が割安である(女性はなんと無料だ)。

 そのためか、利用客は比較的若者が多い。

 下手をすれば中学生くらいの少年少女も見かけるので、この店の入店チェックが如何に杜撰ずさんであるかがわかる。

 恐らくはそれも含め店側の狙いなのだろうが、その大雑把さの割に客への接触は慎重だ。


 店によく出入りしている30代以上の大人は10人ほど。

 その内スタッフを除き、店の関係者と思われるのは3人。

 この3人のうち誰かが、清水達をそそのかした黒幕と思われる。

 いや、店のオーナーが黒幕で、他の者が手足として働いているという可能性の方が高いか。



「ねぇねぇ、君達最近よく見るけど、学生さん?」



 二週間目にもなると、常連の中から声をかけてくる者も増えてくる。

 今日はこれで三人目だ。



「ええ、大学生(仮)です」



 人見知りの一重の代わりに俺が受け応えると、明らかに落胆される。

 こういう感情をあらわにするタイプは、ナンパが下手なタイプだ。



「あんまり踊ってないみたいだけど、音楽を楽しみに来ているタイプ?」



 それでも男は視線を一重に固定して話しかけるが、一重は俺の陰に隠れるように身を寄せてくる。



「俺達クラブは初心者なんで、踊りはよくわからないんですよ」


「っ! だったら、俺が教えてあげるから、一緒に踊ろうよ!」



 糸口を掴んだかのように食いついてくるが、俺は作り笑いを浮かべて首を横に振る。



「俺達は雰囲気を楽しみに来ているだけなんで、踊りは遠慮しておきます」


「そう言わずにさ! 初心者なら、ちょっと踊ってみれば楽しくなるかもしれないっしょ?」


「いえいえ、そういうのは、もう少し馴染んでからにしようと思ってるんで」


「……さっきから君ばかり喋ってるけど、そっちの子はどうなの? というか、二人はどういう関係?」



 痺れを切らしたのか、隠すことなく一重に対する興味をぶつけてくる。

 恐らくこの男のナンパ成功率は低いように思えるが、逆に引っかかる少女がいたからこそ、こんな残念な感じになったのかもしれない。



「この子は俺の恋人ですよ。基本的に人見知りなんで、俺が代わりに対応することが多いんです」


「……そ、そっか~、でも、人見知りなのに、なんでこんな所に?」



 男の顔が一瞬ヒクついたが、まだ会話を続けるつもりのようだ。



「俺に付き合ってもらってるんです。こういうアングラな雰囲気には、前々から興味があったんで。それに、彼女の普段着ない服装を見る口実にもなりますし」


「ちょ、ちょっと良助!」



 ここでは一重と恋人設定なのだが、少し調子に乗ってしまった。

 一重は恥ずかしそうにしているが、同時にまんざらでもなさそうに笑みを浮かべている。

 それを見た男は一瞬イラっとしたような顔つきになるが、すぐにそれを引っ込めて笑顔を作る。



「二人が仲良いのはわかったけどさ、ここはクラブなんだし、それぞれ楽しむのもアリなんじゃないの?」



 ……コイツ、しつこいな。

 もしかして、まだワンチャンあるとでも思っているのだろうか。



「いや、そういうのはいいんで」



 こういう輩はタチの悪いセールスと同じで、少しでもチャンスがあれば食いつこうとしてくる。

 早々に会話を切り上げた方がいいと判断し、そっけなく返して一重の方を向く。



「そう言わずに――」


「はいストップ。それ以上はセキュリティを呼ぶよ」


「っ!?」



 それでも食いつく男の手が俺の肩にかかった瞬間、割り込むようにスーツの男が間に入ってくる。



「ア、アンタは……」


「その顔は僕のことを知っているみたいだね。一応名乗っておくけど、この店のスタッフの代表を務めている海老原だ。気持ちはわかるけど、強引なナンパは見過ごせない」


「す、すいませんでした!」



 ナンパ男は、まさに脱兎の如くこの場から逃げ去った。

 代わりに残ったスーツ男は、振り返ると腰を折って頭を下げてくる。



「不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。一応目は光らせていたんですが、まさか手まで出すとは……。普段の彼はもう少し諦めが良いので、正直油断していました」



 苦笑いを浮かべてそう言うスーツ男は、そのまま俺の隣の席に座る。



「余程、君の彼女さんが魅力的だったんだろうね」


「……そう言っていただくと、誇らしいですね」


「うん、素直なのは良いことだ。日本人はここで謙遜してしまうから、女性を不満にさせやすい」



 そう言われ一重を見てみると、照れながらも嬉しそうにしている。

 深く考えて出た言葉ではなかったが、女性的にはこういう素直な称賛が良いようだ。

 前世から数えても、俺の女性経験は少ないので憶えておこう。



「しかし、本当に綺麗な子だ。これはナンパされるなという方が無理だろう」


「……アナタも、俺の彼女に興味が?」


「もちろん。でも、僕としてはそれ以上に君に興味があるな」



 ……なんだコイツ? ホモか?



「それは、どういう意味でしょうか?」


「文字通りの意味だけど、理由は色々かな」



 ついウホッと言ってしまいそうになったが、俺は決してホモではない。

 尾田君や真矢君との仲を疑われたこともあったが、絶対にホモではないのだ!



「……理由とは?」


「ここ二週間君達のことを観察していたけど、彼女は基本的に君の行動に付き従うだけで、自ら何かをしようとしない。ということは、この店に来る目的があるのは君ということになるけど、君自身もほとんど踊ろうともせず、アルコールも飲まない。洋楽に興味があるのかと思いきや、反応していたのは流行りのアニソンだけ。……君は、何を目的にこの店に通っているんだい?」



 ……ヤバ! メッチャ観察されてるじゃん!

 視線感知じゃ全然気づかなかったぞ!?

 クッ……、どう言い訳するか……



「……えっと、雰囲気に酔いたかったというか……、俺達クラブ通ってるんだぜ! っていう箔を付けたかったというか……。つまり、ちょっと陽キャ感を出したかったんです……」


「…………」



 ソレっぽい理由を捻りだしてみたが、ダメだったか!?



「ぷっ……、あっはっはっは! なるほどね! 確かにクラブに通ってるって言えば、大人っぽく見られるだろうし、なんかちょっとカッコイイ感あるからね!」



 通じた! よかった!



「そういうことであれば、存分にこの店を利用するといいよ。あ、聞こえていたと思うけど、僕はこの店のスタッフの代表を務めている海老原っていいます。何か問題が起きたら、僕に声をかけてくれれば大抵のことはどうにかできると思う。……それじゃあ、じっくりこの店の雰囲気を楽しんでいってね」



 そう言ってスーツ男――海老原は席を立ち、軽い足取りでホールの奥へ消えていく。

 一体どうやって俺達のことを観察していたのかはわからないが、スタッフ代表というくらいだからモニタールームか何かで見ていたのかもしれない。



(……カメラ越しだと視線感知も機能しない、のか? とりあえず、今後はもう少し行動にも気を付けるとしよう)




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