第110話 クラブ潜入①



「うん、これはダメだね」



 俺と一重は、服のコーディネートをしてもらうために津田さんの家をお邪魔している。

 ちなみに、俺も一重も一応ソレっぽい服をチョイスして着て来たのだが、案の定ダメ出しされた。


 俺はできるだけパリピっぽい派手な服装を選んだのだが、それよりもカジュアルな服装の方が良いということで、シンプルなシャツに襟付きの上着をチョイスされ、現在着替えている最中だ。。

 一重については、残念ながら適した服を持っていなかったので、津田さんの服を借りることになっている。

 当然着替えは別部屋なのだが、壁が薄いので色々な音が聞こえて心臓に悪い。

 一重の裸や下着姿は何度か見たことがあるが、着替えとなるとまた違った背徳感があるのだ。

 このニュアンス、誰かに同意を求めて伝わるものだろうか……



「ど、どう? 良助……」


「あ、ああ、似合っているよ」



 扉を開けて登場した一重は、意外にも爽やかさを感じさせる服装をしていた。

 上は控えめに胸元の開いた白のキャミソール、下は黒い膝くらいまでの丈のスカートというシンプルなチョイスで、あまり派手な印象を受けない。



「もっと派手なファッションかと思ったが……」


「あんまり派手過ぎても悪目立ちするだけだし、初心者はこのくらいが無難なの!」



 俺としては控えめだと逆に目立つ印象だったのだが、そうでもないようだ。

 まあ確かに、みんながみんな露出の多い服装というのも変な話か。



「雨宮さんは素材が良いから、これでも目立つと思うけどね。だから神山はしっかりガードするように!」


「それはもちろん」



 俺に人を釣る魅力はないため、エサは一重ということになる。

 一重は俺のせいで結構人見知りなため、俺がしっかりとフォローしなくてはならない。



「本当は私も付いていきたいけど……」


「俺としても、津田さんのクラブファッションには興味があるんだが、残念だ」


「っ!? ちょ、何を言って……」


「いや、だってこの服は元々津田さんの服だろう? きっと似合うハズだろうし、見てみたいと思うのは仕方ないだろう」


「し、仕方なくないでしょ! 私なんかより、雨宮さんの方が絶対似合ってるから!」


「俺の見立てでは互角だと思っている。それに、今回は一重に合わせて選んでくれたが、他にもクラブ向けの服はあるんだろう? それも含めて、是非見てみたいものだ」



 恐らくだが、もっと派手な服もあるに違いない。

 下世話な欲望がないとは言わないが、純粋に興味がある。



「~~~!」


「だから早いところ『淫魔の角』の主を見つけ、津田さんが安心して外を出歩けるようにしないとな」


「……そんな理由は嫌だけど、その、気遣ってくれるのは、ありがとう」



 津田さんは少し小声になりながらそう言うと、後ろを向いてしまう。

 その反応を不思議に思いつつ一重に目をやると、珍しく冷ややかな目で俺を見ていた。

 本気で理解できていないのだが、俺は何か変なことを言っただろうか……



「あ~、それじゃあ、俺達はこれから例のクラブに向かうとするよ。服は後日、洗濯して返すのでよろしく」


「う、うん、二人とも、気を付けてね?」





 ◇





 ――クラブハウス・ヴァニラ



「ようこそ、クラブ・ヴァニラへ」



 そう言って受付から中へ通される。

 意外にも、疑いの視線は向けられなかった。



(てっきり、年齢を疑われるかと思ったが、すんなり入れたな……)



 法律上、クラブには18歳以上から入れるとされているが、実際は20歳以上に制限されていることがほとんどだ。

 これは飲酒や喫煙できる年齢に合わせていることなので、たとえ成人年齢が18歳に引き下げられようとも変わらない。

 そのため、俺達は身分証を偽装して入店したのだが、実年齢は16歳なので多少無理がある。

 疑われることをある程度覚悟していたのだが、意外にも何の疑いもかけられなかった。


 ……そういえば、あの不良達4人のうち、バンダナの奴だけは実年齢が16歳だった。

 もしかしたら、そういった年齢の偽装は見て見ぬふりをしているのかもしれない。



 扉を開けると、外とは違うしっとりとした空気を感じる。

 紫を基調とした照明に照らされた内装は、所々に自由に座れる座席が用意され、ちょっとしたアウトロー感を醸し出していた。



(ここがクラブか……)



 当然だが、肉体年齢的に16歳である俺がこんな場所に立ち入るのは初めてのことだ。

 前世では40歳を超えていたが、酒場以外ではこういった場所は存在しなかったため、長い人生でも初めての経験である。

 津田さん達は高校生でも入れる日中のデイイベントを利用していたようだが、大人目線だとこんな空間に子どもを入場させるのはあまり良くないと感じた。あとで注意しておこう。


 中に入ると、ほとんどの客は俺達に気づかなかったが、何人かはチラチラをこちらを見ていた。

 そのほとんどが男だったが、二人ほど女の視線も混じっている。



(……今のところは純粋な興味だけのようだな)



 今俺が使っている術は、速水さんに使っていた視線探知である。

 他者の視線を可視化し、簡単な感情を読み取る術だが、本来はこうした調査にこそ力を発揮する術である。

 敵視、警戒といった感情が読み取れれば対処が容易になるし、それ以外の邪な感情から犯人や探し人を特定することもできる。

 非常に便利な術だが、高度な処理を行っているため、魔力の消費が多いのが少々ネックだ。



「良助、なんだかソワソワします……」



 そう言って一重が俺の腕に抱きついてくる。

 一重のたわわな胸が押し付けられているため、どうしても意識が腕にいってしまう。

 いつもであれば鎮静の術を使って意識を保つのだが、今はそこに魔力を消費する余裕がない。

 しかし、くっつくなとも言えないので、ここは我慢するしかない。



(鎮まれ、我が若い肉体よ!)



 中身の年齢は60近くとも、肉体は16歳であるため勝手に反応をしてしまうのが歯がゆい。

 それに、俺の意識を乱すのは何も一重のわがままボディだけではない。

 視界には、露出の多い女性達が、男とちょっとギリギリなイチャつきかたをしているのが映っている。

 それもまた、俺の中の若い何かを刺激してやまない。



(クッ……、情けない、こんなことに意識を乱されるとは……)



 こんな姿、弟子達には決して見せられない。

 静子や麗美がいなくて本当に良かった。



「良助?」


「だ、大丈夫だ、何も問題ない」



 問題だらけだったが、そう言うしかなかった。

 本当に、前途多難である。




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