勝負
トテトテとペンギンみたいに歩いたリンが、ゴトンと球を投げる……というか落とした。
俺のよりずっと軽いボウリングの球は、途中で止まるんじゃないかというくらいのスピードで、時間をかけてピンまで到達した。
パタパタパタとドミノ倒しのように倒れる。十本全部。
「いやったーーー」
リンが大げさに飛び跳ねてへんなダンスを踊りながら戻ってきた。
両手をバタバタと振る。
俺が複雑な気持ちで上げた両手に、パチーンと思いきり叩きつけてくる。
俺が止めるまで何度も。痛いって。
「ストライク! 二回目!」
嬉しそうに言う。そうですね。
……なぜだ。
なぜあんなハエが止まりそうな投球でキレイにストライクが取れる?
そして、なぜ、俺の渾身の投球では……
「ありゃー。割れたね」
……七本しか倒れない!?
おまけに、少女漫画の三角関係のような絶妙な距離感に離れやがって……。
俺の二投目は、そんな三人のそばを、爽やかなそよ風のように素通りしていった。
スコアは……マジかよ。九十二点?
「や、やった……! 勝った!? タキくんに勝った!」
百五点取ったリンが飛び跳ねて喜ぶ。
ははは。百点行かないなんて。十三歳の女の子に負けちまうなんて。
「初めてタキくんに勝ったよ……!」
満面の笑みを浮かべてリンが言った。
確かに、これまでどんなゲームも俺の全勝だった。エアホッケーも、レースゲームも、メダルゲームも、音ゲーも、ゾンビを撃つガンシューティングも。
いつものゲーセンも飽きたとはいえ、あえて避けていた一番苦手なボウリングに来たのが間違いだった。敗北の味がこんなにも苦いとは。
「ねえ」とリンが突然マジメな顔になった。「……手とか抜いてないよね?」
「俺、いまどんな顔してる?」
「………………」
無造作に顔を近づけてくる。いきなりだったから、ちょっとドキッとした。コイツ自分が並外れて綺麗な顔だって自覚が足りないんじゃないか、といつも思う。
「めちゃくちゃ悔しそうです」
「つまり本気だ。ばかやろー」
だからボウリングだけは嫌だったんだ。
リンは手の甲を口に当てて、ホホと笑った。
「再戦はいつでも受けましてよ?」
…………くそ。どうする? 特訓でもすっか?
いや、しかし……。女の子に勝つ為にボウリングの特訓するって、どうなんだ……。
「あーあ。『負けたほうはなんでも言うこと聞く』とかにしとけばよかったー」
ニコニコと上機嫌なリンは、調子に乗ってそんなことを言いだす。
「……おまえ、今まで他ので何回俺が勝ったと思ってんだ?」
「今までのはノーカン」
「なんだそれは」
リンも最初のころとずいぶん変わった。
何度も会っているうちにすっかり打ち解け、この子本来の明るさや、ちょっと「お調子者」っぽい性格が出てきた。俺はリンがこんな性格だったことにとても驚いた。
神秘的でクールな女の子に見えたのは、顔があまりにも綺麗すぎるせいもあったし、精神状態がモロに顔に出るタイプだったからだ。
リンという子は、緊張しやすく、極度の恥ずかしがり屋だった。下手に整いすぎてるものだから、そんな強張った顔が、「冷たい無感情な顔」や「不機嫌な表情」のように見えてしまうのだ。
うんうん。リンが心を開いてくれて俺も嬉しい。
そんな、我が子の成長を喜ぶ父親のような笑みを浮かべていると、敏感に察したリンが怪訝な顔をした。
「なに? ニヤニヤして。キモい」
「キモいとは失礼な。……いや、お前も成長したなーと思ってさ。俺が教えることはもうないかもしれん」
「……なによう。負けたからって急に。そんなに悔しかった?」
「俺の役目もここまでかもな」
「……どういう意味?」
「そろそろお別れってことさ」
「…………」
負けた腹いせで、ちょっと意地悪に言ってみただけだった。
リンの顔から急激に表情が抜け落ちた。
「……あっそう。うん。わかった」乾ききった声。「……じゃあね。お元気で」
脱いだ靴を叩きつけるように返却ボックスに投げこむと、リンはそのまま背を向け、ずんずん歩き去ってしまった。
「お、おい」
慌ててすぐ追いかけようと思ったが、支払いがまだだ。
「ちょっと待てっ。リン」
「………………」
あっという間にリンの姿はボウリング場から消えた。
俺も靴をボックスに放りこみ、大急ぎで支払いを済ませ、リンのあとを追った。
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