特別の理由

 チョコバナナクレープ。クッキークリームとチーズケーキストロベリーフレーバーの二段重ねアイス。それから、コーヒーとオレンジジュースを注文した。

 あちこち探して、やっと捕まえたリンを引っ張るようにしてフードコートまで連れてきた。好きなモン食っていいぞ、と俺が言ったら、リンは眉間に力を入れたままアイスとクレープを指さし、さっさと席に着いた。

 俺はすごすごと財布を開き、ワガママ姫の哀れで忠実な従者のように、貢ぎ物のスィーツを持って席へ戻った。

 リンは、頬杖をついて、フテくされた顔で窓の外を見ている。

 フードコートの巨大なガラス窓の向こうは真昼の公園で、白く光る広葉樹がざわざわ揺れていた。

「……別に変な意味じゃなかったんだよ。というか、深い意味もなかったし。ほら、マンガとかでよくあるだろ。お師匠様キャラが、自分を超えた弟子に言うセリフ」

 ムスッとしたまま下から上へアイスを舐めあげるリンに、極めてアホな説明をする。

 何やってんだ俺は。浮気がバレた男の弁解じゃあるまいし。

「知らないよそんなの。タキくんが読んでるバカマンガのこととか」

 バカってところに思いきり力を込められた。

 俺はため息。

 機嫌治るまでそっとしとくしかないか。

 コーヒーカップを口につけながら、リンのふくれっ面を眺めた。

 水を飲む猫のように、小さな舌で一心不乱にアイスを舐めている。

 そんなリンを見て、あらためて「ゾクッとするくらい綺麗な顔だ」と思った。神様がひとつひとつのパーツをフルオーダーメイドしたとしか思えない。目の位置とか、口の形とか、鼻の造りとか、完璧なバランスで配置されている。

「なあ」

 リンは反応しなかった。あっという間にアイスを食べ終え、続けてクレープに取り掛かる。蝶でも止まれそうな長いまつげと、きりっと吊り上がったアーモンド形の瞳を見ながら、俺は続けた。

「お前のお父さんかお母さんって、もしかして外国のひと?」

 イタリアの従妹を思い出す。リンってハーフかクォーターなんだろうか。

「ふたりとも日本人。それからお父さん居ない」

 リンは俺の方を見ずにボソッと答えた。

「死んだ」ずず、とストローでオレンジジュースをすする。

「……そっか」となるべくあっさりした口調で返した。

「ついでに言うと、ウチすごく貧乏」澄ました顔でリンは続ける。「クレープとか久しぶりに食べた」

 それは、明らかにリンの身の上の打ち明け話だった。こういう、相手から面倒な反応をされる話は、する相手を選ぶ。俺にはそれがわかる。

「俺も父親居ないんだ」

 笑いながら告げると、リンはハッと息を飲み、わかりやすく驚いた。

「同じだな」そう言って、視線を外す。

 コーヒーをひと口飲んだ。

 リンの視線を感じる。

「……だからうちもまあ貧乏だよ」

「バイク持ってるのに?」

「アホみたいにバイトして買ったんだ。俺の宝物だよ」

「……そうだったんだ」とリンはしおらしい声を出した。「そんな大切なものに、わたし、勝手に乗ってたんだ……」花火のときのことだろう。

 その場の空気を変えるように、俺はわざと能天気な声で、

「そういや、おまえって、お母さんとは仲いい?」

「え。ふつう」

「俺んとこは、母さんが俺にベッタリでさ。やたらと一緒にお出かけしたがるし、しかも腕とか組んでくるんだぜ? デートじゃあるまいし。もう恥ずかしくてさ」

 俺が家を出て無理してひとり暮らししているのは、それが嫌だったせいもある。父親が居ないこと、母親がベッタリなことで、妙な自立心が育ったというか、他人に対して依存心が薄いところが俺にはあった。

「それわかる……タキくん優しいもん」

 ちょっとムキになったような口調でリンが言った。さっきまで「どうしてあなたはそうバカなんですの?」って顔で怒ってたくせに。

「優しくないよ。俺は」

 優しいって言われるのは大嫌いだ。

 世の中では、俺にとって、どうしてそんなことを言うのか、なんでそんなことをするのか、疑問なこと、納得いかないことが当たり前とされている。

 適当に合わせたり、流せればいいのだろうが、それができない俺は、すぐ他人と衝突する。学校でも。バイトでも。ひとが集まる場所ではだいたい同じだ。

 自分が正しいと思うことを貫こうとすると、集団で寄ってたかって叩かれる。それでも折れないと孤立する。そんなことが続くと、他人が嫌になる。自分の世界に籠もるようになる。合わない誰かと無理して一緒に居るくらいなら、ひとりのほうがずっと気楽でいい。そもそも、毎日は楽しく充実していて、他人なんて必要ないのだ。

 ……そんな俺が、優しい人間のはずない。

 でも、リンに「優しい」って言われても嫌な気持ちにならなかった。なぜだろう?

「……まあそんなわけで、貧乏とはいえちゃんとバイトしてるからな。アイスとかクレープくらい、俺がいつでもおごってやる」

「え……でも……悪いよ」

「いいって。リンだけは特別だ」

 特に意識せず簡単に出した言葉だったけど、ふと強い視線を感じ、目を向けると、なんだかめちゃくちゃじいっと見つめられていた。

「なんで?」吐息だけで出したみたいなかすれた声。

「あ、いや」

「ねえ、なんで? どうして?」リンは詰め寄るようにしつこく聞いてくる。

 理由はいろいろあるけど、それを口にするのもなんだかエラそうな気がする。

「おまえのうれしそうな顔ってレアだからな。それが見られるなら、安いもんさ」

 結局、そんなことを言ってカッコつけた。

 たいして気の利いた台詞とも思えなかったけど、その日一日、リンは地表から数センチ浮いているかのように上機嫌だった。

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