中学生
「おまえ、夏休みの宿題ちゃんとやってるのか?」
と俺がお兄ちゃんっぽく言ったら、
「まあまあ。いいじゃんそんなの」とリンは目を逸らし、ごまかそうとした。
「三十一日になって焦っても知らねーぞ」
自分の就職活動は棚に上げてエラそうに言うと、
「だったらタキくんが勉強教えてよ」
というわけで、その日はフードコートの隅のボックス席で、リンの勉強を見てやることになった。
ランチタイムを過ぎたこともあり、席は半分ほどが埋まっているだけ。のんびりした、いつもの午後のフードコートだった。
木材を多くあしらった内装と凝った照明がオシャレな空間で、壁一面の大きなガラス窓からは、隣接する公園が一望できる。ぼーっとしてるだけでも気持ちがいい場所だ。
難しい顔をしてシャーペンを握り、数学の問題と格闘するリンを眺めながら、ふと気になったことを聞いてみた。
「なあ。お前ってさ、学校でモテてんの?」
学校のリン。出会った時期のせいか、まったく想像がつかない。『夏休みの宿題』なんて話題が出て、そういやこの子も中学生だったな、と改めて考えたのだ。
「可愛いとか言ってくる男は多いかなー」
リンは、問題集から目を離さず、さも当たり前のように言った。
「ほほう。アレか? 下駄箱にラブレターなんか入ってたりするのか?」
フタを開くとドバッとあふれてくる漫画みたいなシーンを想像した。
「そっちは最近ないかな。入っててもどうせ読まないし」さらりと言いやがる。「呼び出されることのほうが多い」
「へえ。なんかすげえな。他のクラスの男からもコクられたりすんの?」
「たまにね」
リンは相変わらず問題集を凝視したまま言った。
「……まさか、校門出たところで、いきなり他の学校の男に声掛けられたり……なんてのも?」
「ま、ね」ふう、とため息。
俺は、目の前で勉強している子が、いわゆる『学校でも有名な美少女』という存在であることに今さらながら感心した。
自分が中学生だったころを思い出す。確かに、俺の学校にもそういう子は居た。クラス中の男が憧れるようなアイドル的な存在。
「でも、けっこう迷惑だけどね。好きでもない相手にカワイイとか言われても、まったく嬉しくないし」
そう言うと、シャーペンを動かす手を止めて、ネコのように大きく伸びをした。
おもむろに、テーブルの上に置いた俺の右手をつかんで、蛍光ペンで落書きし始める。いかん。サボり始めたぞ。
「でも、そうは言っても、おまえもモテて満更じゃないんじゃないか?」
「どういう意味?」
「花火のとき、最初は男とデートしてたんだろ?」
「デートじゃないもん」とリンはほっぺたを膨らませる。「あれは……しつこく誘われたから」
「でも、花火大会にふたりきりで来たんだろ? それ、ある意味オッケーっていうか、相手は脈ありって思うんじゃねーかな」
「べつに好きでもなんでもないよ」
「好きでもない相手とおまえは夏祭りに行くのか?」
「なにが言いたいの?」
「つまり、おまえもソイツのこと、満更じゃなかったんじゃないかってこと」
「だから、好きでもなんでもなかったってば」
「好きでもない相手となんで夏祭り行くんだよ」
気づいたら会話がループしてる。
「……だったら、自分は?」とリンが会話を先に進めた。「タキくんはどうしてわたしと遊ぶの?」
「おれ?」
「わたしたちだって一緒に遊んでんじゃん」
「まあそうだけど」遊んでる。毎日会ってる。
「タキくんの考えかたでいくと、好きでもない相手とふたりきりで遊ぶのってへんなんでしょ?」
「………………」
「だったら、コレ、なに?」
「これ?」
「わたしたちの……コレ」
「なにって……いきなり言われても」
「わたしが可愛いから?」なぜか怒るようにリンは言った。「だからタキくんもわたしと一緒にいるの?」
「あのなぁ」中学生がなんとナマイキな。「俺をそういうのと一緒にすんな」
「だったらどうしてわたしと一緒に居てくれるの?」
俺の右手に巻きついたイタリアのミサンガをじっと見ながら、リンはぽつり。
「俺がお前と一緒に居るのは」
マニュキュアみたいにカラフルになった手をヒョイと上げて、リンの頭に軽ーくチョップする。
「……お前が面白いからだよ」
「え」リンはキョトンとした顔で目をぱちぱち。「面白いって、わたしが……?」
「俺にとってはな」
「……面白いなんて生まれて初めて言われたよ……」じわりと染み出すような笑みを浮かべ、「……なんかすっごい嬉しいなあ」蛍光ペンのフタをキュポキュポしながら妙に喜んでいる。
綺麗とか可愛いとか言われるよりも、面白いって言われるほうが嬉しいのかね? さすが、ずば抜けた美少女様は、ちょっとズレていらっしゃる。
「……タキくんの言う通りかも。好きでもない相手とふたりきりで遊ぶなんて、やっぱりよくないよね」
「そうだぞ。それは相手にも悪い」
「これからは、好きな相手とだけ遊ぶことにする」
「そうそう。無警戒にふたりきりになったりしたら、なにされるかわかんねーぞ」
「そういうの絶対ヤだから、もう、好きな相手としかふたりきりで会わないどこっと」
「それがいい。男ってすぐ勘違いするからな。この子きっと俺に気がある、とかさ」
「どうでもいい相手にそんな勘違いされるの、すっごい迷惑」
「わかったわかった。何度も言わなくていいって」
言われなくても、俺だって別に勘違いするつもりはない。中学生相手に。そんな。
リンは、何が気に食わないのか、ぷーっと頬を膨らませている。
いくら見た目は大人びていても、こういう顔は子供だな、と口元がほころんでしまう。
「ホレ。サボってねーで続きしろ」と俺は指先でテーブルをとんとん叩いた。「早くそれ終わらせて、昼飯くおーぜ」
リンはまだ何か言いたそうだったが、「へーい」と呟いた。
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