再会の石

 地下街は、ヨーロッパ風のレンガ床で、天井は精緻な唐草模様、あちこちにステンドグラスという凝った造りだった。

 あえて照明を落としている通路は薄暗いが、左右に立ち並ぶ店舗は、そのぶん明るくて華やかだ。ディスプレーされたマネキンの服なんて、どれもすごく可愛い。

 リンに引っ張られるようにしてアクセサリーショップに入った。

 おとぎ話のお城の宝物庫みたいな店内には、若い女の子がわんさか群がっている。

「おまえの探しものってアクセ?」

「うんそう」と答えながらもリンの目はすでにキラキラと目に染みる棚のほうへ向いている。

「ま、ゆっくり見るといい」

 それからリンは、真剣そのものという顔で店内を物色し始めた。

 店内に男は俺くらい。落ち着かない。

「なあ。ところでお目当ての品って、どんなのだ?」

「んー」とリンはなぜか俺の右手をじっと見た。「……そういうの。探してんだけど」

「そういうの? ……って」俺の右手には、イタリアで黒人の物売りに巻きつけられた……「ミサンガ?」

 ん。とリンはなぜかムスッとした顔でうなずいた。

「なんだ。こういうの、おまえも興味あんの?」

「それ、どうしたの?」リンは指で意味なくアクセサリーをつつきながらひとり言のように言った。「どこぞの女の子から巻いてもらった?」

 一瞬ドキッとした。

「あ? いや。違うよ。外国旅行したとき、物売りに押し売りされちまってさ」

 俺はそのときの話をことさら面白おかしく話した。なんとなく、従妹とおそろいということは黙っていた。

 リンは、ボラれた話をくすくす笑って聞いていたが、「でも、それすごくいいよ。色も綺麗だし、オシャレだし。わたしもそういうの欲しい」

 従妹のことを言わなかったのがバツ悪くて、俺は、目についた感じのいいミサンガをつまむと、無言でリンの細い右手首に巻きつけて結んだ。

 青と黄色と白と緑の美しい模様で、小さな貴石がひとつ、さりげなく付いている。

 透明感のある、複雑な色調を帯びた青い石だ。

「あ。これいい……」リンが嘆息した。「ラブラドライト?」

「ん? ああ、その石の名前か」小さなタグが付いている。

「知ってる石?」

「いいや。色とデザインで選んだ。でも、まあ、呪いの石とかじゃねえだろ。こんなに神秘的なんだ。リンにぴったりだよ」

 そのひと言はよほどリンを喜ばせたらしい。えへへえ、とかなんとか嬉しそうな顔で右腕を見てニヤついている。

「お気に召したのなら、ソレ買ってやるよ」

「……うそ。ほんとに? いいの?」

「ああ、いいぜ。待ち合わせに遅れて、嫌な目に合わせたしな」

「……ありがと……ぜったい大事にする……」

 リンは右手首を抱きしめるような仕草をした。

「……それにしてもパワーストーンっての? 石にも色々効果あるんだなー」ちょっと照れて声が裏返った。「俺、そういうの全然気にしたことなかったよ」

「わたし、けっこう詳しいよ。本とか読んだし」

「じゃあそれは……ラブ……ラブラ」しまった。ラブラドールが浮かんでもう頭から離れない。

「ラブラドライト?」

「それ」ラブラドライト。ラブラドライト。ラブラドライト。

「……うーん。わかんにゃい。珍しい名前だから、初めて見た」とリンは右手のミサンガに付いた可憐な石に指先でそっと触れた。「あとで調べてみよっと」

「なんか、勇気とか自信が身につくような石ってねーかな」

 たくさんのガラスの器に盛られた色とりどりの石をざっと見まわした。効果の説明文が添えられている。

「っていうかそれ以上自信つけてどーするんですかあっ」

 上ずった声でバッシーンと肩をはたかれた。

 わかんにゃい、といい相当はしゃいでやがるな……。

「あ。これはどう?」リンが明るい声で、小さな石の付いたミサンガをつまみ上げた。「ヘマタイトだって」

 光沢のある美しい黒銀の石だった。ヘマタイト。初めて聞いたが悪くない。男らしくて無骨な感じがいい。おまけに、効果は勇気と自信。俺のニーズにズバリだ。

「いいな。じゃあ俺はこれに……」

 言い終わる前に、リンがくるりと手早く俺の左手首にそのミサンガを巻きつけた。イタリアでのほろ苦い思い出が蘇るような早業。

「じゃあ、これはわたしがプレゼントする」

 さっさと結んでしまってからリンが言った。

「いいのか?」

 リンに金を出させるのには抵抗があった。もちろん理由は、母子家庭で経済的な余裕がないと知っているからだ。

「いいよ。ちゃんと貯めてるから」

 貯めてる、というのがなんだかちょっと切なく感じた。中学生なんて本来は、カネもらったそばから、すぐ使い切るものだろうに。

 でも、それだけに、リンのその気持ちは嬉しかった。

「じゃあお言葉に甘えるか」

 照れ隠しに、右と左それぞれに巻きつけられた二本のミサンガをくっつけ、「なんか手錠みてー」とおどけてみた。

「そっち切っちゃえば?」リンは乾いた目で言った。

「……お。ターコイズ。こいつは知ってるぞ」

 なんとなく話をそらすように、目についたターコイズの髪留めを棚からつまんで、リンに見せた。

「あ。きれいだね」

「俺が子供のころ好きだった冒険小説で、ターコイズには破邪と魔除けの力があるって書かれてたっけ。よし。これも買ってやる」

「え。どうしたのいきなり」

 おまえに変な男が寄ってこないようにお守りだ、とは口に出さなかった。

 女の壁をかき分けるようにしてレジに向かう。

「ごぉ自宅用ですかぁ?」

 バナナみたいな髪飾りを付けた店員から聞かれた。ふたりきりにされたら非常に会話に困りそうなタイプだ。

「いや、プレゼントで」

 何の気なしに言うと、リンがガバッと俺を見た。横目でうかがうと、口まわりが緩んでいる。

 気にしない素振りで、可愛くラッピングしてもらったターコイズの髪留めを受け取った。

「あと、スイマセン。これとこれも……」

 俺とリンが左と右の腕をそれぞれ差し出すと、店員はアハっと笑って、上手に値札を切ってくれた。


 買い物を終えたあと、俺たちは地下街の中央あたりにあるカフェに入った。こげ茶の板張りの床に赤いテーブルという落ち着いた店だ。

 リンは「さっそく髪留めつけてみる」と言って、洗面所に行った。

 戻って来るところを遠目に見ただけで可愛いとわかった。思った通りよく似合ってる。

「いいじゃないか」

 リンは何も言わずに目を細めただけだった。

「タキ?」

 突然誰かに名前を呼ばれ、俺とリンは同時にそっちを見た。

 俺たちが向かい合って座るふたり掛けテーブルに、驚いた顔の、すらりと背の高い女が近づいてくる。

「アリカさん……?」

 以前、一緒に居た七歳年上の社会人。あまり好きな言い方じゃないが、一番適当なのは、『モトカノ』という言葉だろう。

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