島を一周したあとは、フェリー乗り場にバイクを止め、歩いて周辺を散策した。

 大きな赤いパラソルに真っ白なガーデンテーブルという、リゾートムード満点のオープンカフェに入り、俺はしゃきっと濃いアイスコーヒー、リンはこの島で採れたレモンを使ったという異様に美味そうなレモンスカッシュを飲んだ。

 カフェを出ると、白い波が寄せる弓型の砂浜に行ってみた。

 ぱちゃぱちゃと波打ち際で水をかけあって遊んでいると、行きの船で一緒だった女子大生風のグループをまたまた見かけた。自撮りしているらしく、三人でなんやかんやと盛り上がっている。セルフタイマーを使ってイメージ通りの写真を撮ろうとして、何度もやり直している様子だ。

 見かねて俺は、三人組に近づいた。

「写真、撮りましょうか?」

 三人は「えーー。ありがとうございますうぅぅ」と甲高い声でハモった。なんだかリンよりよっぽど子供っぽい。

 みんななかなか可愛いのに、珍妙なポーズで写りたいらしく、細かい注文を受けながら何枚も撮ってやった。結構たいへんだ。おまけに、さっきは気づかなかったけど、三人のうちのひとりがものすごく胸の大きな子で、飛び跳ねるたびにそれが派手に揺れて、目のやり場に困った。

「ねえ」地味な感じの子が俺を見て思い出し笑いのような顔をした。「青いバイクに乗ってたひとでしょ?」

 一重で目は細いけど、冷笑めいた唇の形のせいか、妙な色香がある。

「バスから見てましたよー」

 胸のでかい子が、育ちのよさそうなおっとりした笑顔で言った。

「こんなしてたよね」

 俺好みのきりっとした目の子が、無表情に腕を突き出して親指をぴんと立てた。なんとなく三人のリーダー格っぽく見える。この子も相当モテそうだ。

 面と向かってこんな風に言われると、なかなか恥ずかしい。バイクで走っている時だからこそ、ノリでやったところがあった。

「ははは……」と俺は適当に愛想笑い。「みんな居たのね……」

 こういう女の子たちは普段だと苦手で、うまく話もできないのだが、島という非日常な場所のせいか、それなりに話はできた。

「あれうしろに乗ってたコ?」

 話の途中で、いきなりリーダーの子が指さした。

 なんとなくみんなの視線がそっちを向く。

 リンは俺たちから離れた波打ち際にぽつんと居た。つまらなそうな顔で、貝殻を海に投げたり、カニに砂をかけて生き埋めにしたり。

「ありゃ」つい話に夢中になって、リンを放ったらかしてしまった。

「カノジョ、めっちゃくちゃ可愛いねっ」感心したようにリーダーが言う。

「顔ちっちゃーい。アイドルみたーい」と胸の大きな子。

「マジでモデルかタレント事務所の子とか?」地味な子が流し目で言った。

「でもちょっと若そー。高校生?」

「中学生だよ」リーダーの言葉に反射的に答える。

 三人の顔色が一瞬で変わった。あきらかに、「えっ」ていう引いた顔をしている。俺は慌てて言い訳するように、「カノジョじゃない。あれ妹なんだ」

「妹さん? ぜんぜん似てないし。それに、兄妹ってよりも、あの雰囲気は……」胸の大きな子が誰に言うともなしに。 

「でもまあ、中学生と付き合っちゃダメだよね」と一重の子が苦笑気味にはっきり言った。「それ犯罪だから」

 その言葉は棘のように胸に刺さった。

 自分と同世代の女の子からあらためてそんな風に言われると、なんだか、ちょっとくるものがある。

「……じゃ、俺はこれで」

 三人に軽く手を挙げて、リンのところに戻った。

「どうしてタキくんはそうなの」リンがむくれていた。「よくそうやって、ためらいなく知らない女の子に声かけられるね」

「声かけるって……写真撮ってやっただけだって」

「それはそうだけどさ……」とリンは唇を尖らせる。「……わたしが一緒なのに」

「うん? なんだって?」最後は小声で良く聞こえなかった。

「あのひとたち大学生?」

「そうだな。ひとりは俺と同じ大学だったよ」

「……タキくん、大学じゃあんな感じなのかなあ」

「どんな感じだよ」

「なんか楽しそうでしたね」

 なんでいきなり敬語なんだ。

「あんなチャラそうな女と」

「チャラそうって……おまえ」俺はまじまじとリンを見た。「いきなりどうした?」

「なんか、いやだ。ああいうひとたちと楽しそうなタキくんなんて、キモチわるい。見たくない」

「……楽しそうに見えたか?」

 リンはコクンと深く頷いた。

「言っておくけど、俺、大学じゃ孤独だぞ。浮いてるし。友達も居ない」

「そんな暗いひとには見えません」

「こんなことで嘘つかねえって。……おまえも学校で浮いてるって話してたろ?」

「うん……」 

「俺たちは似た者同士かもな」

「…………そうなんだ」

 静かな水の流れのようにリンの表情が変わった。

 形容しがたい親密な空気が満ちた。

「……あのな、リン。俺たちって……」口を開いた瞬間、さっきの三人が近づいてきた。

 お互いに顔を見合わせながらきゃいきゃい話している。ひと時も黙っていられないって感じだ。

「ねー。私らも、おかえしに写真とってあげよっか?」

 リーダー格の子が淡々と言った。他のふたりはリンを興味深そうにじろじろ見てる。

 俺は「ありがと。でもカメラないんだ」と言って断った。なんとなく、これ以上この子たちに、リンと一緒のところを見られたくもなかった。

 結局、ふたりの写真は撮らずじまい。

 このあと、俺はそれを死ぬほど後悔することになる。

 リンが俺の人生から唐突に消えてしまうとわかっていたら、俺は絶対にリンの写真を残していただろう。でもこの時は、そんな風に考えもしなかった。

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