本屋の再会
前期試験もなんとか切り抜け、夏休みも目前になった。
おっぱいのデカいお天気アナウンサーが、罪のない顔で「日中はもりもり気温が上がるでしょう」と断言したその日。
俺は、大池公園のすぐ隣にある古いショッピングセンターに出かけた。
花火大会の会場だった公園の隣だ。
モールというほど大きくもないが、近いのと、雰囲気がいいのとで、小・中学と俺はよくここで意味のない時間を過ごしたものだ。
普段から来る場所じゃない。でも、夏祭りでのリンとの出会いがあまりに強烈すぎて、気がついたらなんとなく足が……バイクが向いていた。
懐かしい本屋はまだ健在だった。
ここの本屋はなんとなく好きだった。書店なんてどこも一緒に見られがちだけど、本が大好きな店員たちのこだわりや想いは、必ずどこかしらに出る。
夏の小説が読みたいと思った。
できれば、花火とかバイクとかが出てくる、気持ちのいい青春小説。
習慣的に雑誌コーナーをのぞいたら、つい立ち読みに没頭してしまった。
「なに見てんの? エロい本?」
とつぜん隣から愛らしい声がして、見たらリンが隣に立っていて、俺は持っていた雑誌を放り出しそうになった。
「……リン? なんで……」ここに?
「本田まぐながあったから、ここに居るかなと思った」
例によって、フテくされた口調でリンは言った。
確かに、青の限定カラーである俺のバイクは目立つ。同じバイクを見たことはまだ一度もない。このへんでアレを見かけたら、近くに俺が居ると思っていいだろう。
リンは、フードの付いた緑色の半袖Tシャツに、すそを折り返した七分丈のデニム、足元はローカットのコンバースという子供っぽい服装だった。でもそれはそれで、リンの普通じゃない美しさを引き立てている。
明るい場所であらためて見て、リンの大人びた美しさにまた驚かされた。
これで十三とは……。
「お前、まさかバイク見てわざわざ俺を探したのか?」
「ううん。たまたま」
気だるげに答えながら、目の前に並んだゲーム雑誌をペラペラめくる。まったく興味なさそうだ。
「バイク乗せてよ」
リンは思い出したようにそう言うと、俺の手から雑誌を引ったくってさっさと棚に戻した。
そういや、次会ったら……なんて適当なこと言ったんだった。
「いきなり言われても」
「約束した」
「約束って………」あれ、そうなのか?
「タキくん約束守らないひと?」
リンの言葉にちょっとムカッとくる。
「俺は約束守らないヤツは大嫌いだよ。でも、いきなりだったからメットがないんだよ。ていうか、普通ヘルメットはふたつ持ち歩かねえって」
「カノジョのは?」リンが雑誌に視線を留めたまま、ボソリと言った。「カノジョのメットないの」
「カノジョ……?」なんのことだか一瞬わからなかった。少し考えて、「……ああ。彼女か。そーいうの居ないからな」
「ふうん」とリンは意味なく目の前の雑誌をぱららっとめくった。「じゃあ、どうするの?」
俺はため息をついて言った。
「ゲーセンでもいくか」
ここのゲームコーナーには、最近なかなか見なくなった古いゲームもたくさん置いてあった。幼児向け遊具からは、子供向けアニメのお馴染みのテーマソングが流れているが、スピーカーが古いもんだから、音が割れ、不気味なアレンジになっている。これ早くなんとかしないと、シュールすぎて子供泣くぞ。
ここに来るのもガキのころ以来だが、時間が完全に止まってるな。
「よし。ワニでもぶっ叩くか」
ワニ系モグラ叩きの筐体へと向かう。
今ではなかなかお目にかからなくなった年代物。こんなレトロなものが、ここじゃ現役稼働中だ。
「タキくんうまいの?」
無表情にリンが言った。
フフと俺は笑い、
「このへんのワニどもを震え上がらせてる『ワニハンター』とは俺のことだぜ」
「……ワニハンター? ねえ、タキくんって、トシいくつ?」
「う」
中学生に合わせてやったというのに、この容赦のないツッコミ。相変わらずだぜ。
それで、ついリズムを狂わせてしまったのか、いつもの実力が出せなかった。
結果は……八十二点。自称ワニハンターとしては、はなはだ不甲斐ない。
「え? うそ……あのワニハンターが? そんな……なにが起きたの……?」
リンが「信じられない」という真面目くさった顔で首を振った。
なんというイヤミな態度。ナマイキな。
「うぬぬぬ。仕方ねえ。リン。お前も手伝え」
「え? ふたりでやるの? それってズルくない?」
「うるせー。RPGだってみんなで戦うんだ。勝ちゃいいんだよ。お前、そっちの二匹やれ」
「なんてカッコ悪いワニハンター」
リンはそう言いながらも、ポコポコと懸命にワニを叩いた。
すごく楽しそうに見えた。
結果は……九十五点。
「おお」
「やった」
俺は手の平をリンに示した。
キョトンとした顔で見返される。
笑顔で手を前後に何度か動かした。
ようやく意を察したリンが、おずおずと小さな手の平をかざす。
俺はそんなリンの手を軽く叩いた。
ぱちん。
続けてもう一度。
ぱーん。気分のいい音がした。
二度目はリンの顔も自然にほころんでいた。
なんだか、初めてちゃんとした笑顔を見たような気がした。
「うんうん。おまえもなかなかワニハンターとしての素質があるぞ」
「これっぽっちも嬉しくないけど、ありがとう」
「……とは言っても、俺たち以外のワニハンターなんて、全然見ないんだけどな」
「だろうね」
『本日のハイスコア』には、たった今俺たちが叩き出した八十二点と九十五点しか表示されていない。
「この筐体も、いつまであるかわからんな」
俺がしみじみそう言うと、リンは、
「またやろうよ」と言った。
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