いちばん悪いクセ

 クーラーの効いた暗い部屋。

 黒い下着姿のアリカが、俺のベッドに横たわり、細い背中と丸い尻を向けていた。

 床には、これ見よがしにアリカの脱いだ服が散らばっていて、花畑のような香りを放っている。

 俺はソファに横になり、何度も寝返りをうった。

 アリカのあまりの色香に、気が変になりそうだった。

 悶々としながら目を閉じていたが、まったく眠くならなかった。

 アルコールでのぼせた頭で、アリカのほうからこっちに来ないかな、とか、コンドームどこにあったっけ、なんてことをチラリと考え、その下世話さに嫌気がさした。

「……ねえ、タキ」

 突然、ベッドのほうからアリカの声が聞こえてきた。

 声だけ聞くと、無垢な少女のようだった。

「……私……中学生に負けたの……?」

 プライドのかたまりみたいなアリカがそんなことを言うのに驚き、俺はすぐには返事ができなかった。

「あの子は関係ない」とっさに俺は嘘をついた。

 本当は、アリカが部屋に入ったときからずっとリンのことが頭にあった。

 リンから巻かれたミサンガを見る。

 ふだん、あれだけリンに対してエラそうな俺が、ここで流されてアリカを抱いてしまうのは、あまりにふがいない。

「勝つとか負けるとかって話でもないと思うし。……アリカさんのことは、俺なりにちゃんとケジメをつけたいだけだ」

 アリカは返事しない。

 無言に耐えかねて、付け加えるように言った。

「それに、あの子は、妹みたいなもんだってば」

 アリカは何も答えない。

 沈黙が続き、夜が深まり、ようやくアリカも寝たのかな、と思った時、薄灰色になった部屋の中に、乾ききった声が響いた。

「それ、あの子に言ったの?」

「それ?」

「イモウトとかなんとか」

「え。いやどうかな。言ったような、言ってないような」

「ひとつ予言しといてあげるわ」いきなりアリカの口調が変わった。「……いつか、アンタ、あの子のこと、ものすごく傷つけることになるわよ」

「……なんだよそれ」

「前々から言ってやろうと思ってたけどもね」アリカは言った。「無節操に女に優しくすんの、アンタのいっちばん悪い癖よ」

 やっと言ってやったわ、という清々した口調だった。


 ◆


 いつのまにか眠ってしまった。そして起きたらもう部屋にアリカの姿はなかった。

 ベッドにも、テーブルにも、キッチンにも、自分が昨夜居たという痕跡は一切残していない。それが、実にアリカらしかった。

 ただ、冷蔵庫の中には綺麗にラップをしたビーフシチュウの鍋が入っていた。

 ため息をつき、部屋の窓を開けた。

 スズメの声を聞きながら、夏の朝の空気を胸いっぱいに吸った。

 パノラマの景色に点在する緑からは、気の早い蝉の声が聞こえてくる。

 今日も日中は暑くなりそうだ。

 アリカの買ってきてくれたコーヒーを淹れ、窓辺に立ち、朝日に輝く街並みや海を眺めながら、ゆっくりそれを味わった。

 それから、ぬるめのシャワーを頭から浴び、俺は身支度を始めた。


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