やりなおしの帰り道
のんびり車が行き交う夜の大通りを、ふたりで並んで歩いた。
幅の広い歩道を、俺はバイクを押し、シノはすぐ左隣を寄り添うように。
中学生の三年間、毎日通った道だった。
「バイク、重いんじゃない?」
「いいや。押して歩くのには慣れてんだ。ガス欠やらかしてスタンドまで歩くこと、けっこうあってさ」
とはいえ、さすがに少し飲み過ぎた。酒弱いくせに、シノと話してたらついハイペースになってしまった。
「なんかこうやってると、中学生に戻った気分」
シノが両手を後ろに、おじぎするみたいに身体を屈めながら俺を見た。「時々いるでしょ。自転車押してる男の子と、一緒に歩いてる女の子のカップル。ああいうの、憧れたなー」
「俺もそういうの、なかったな」重たいハンドルを両腕で押しながら答える。「我ながら、暗い青春だったよ」
「一度だけ、チャンスがあったんだけどね」とシノは星が瞬く夜空を見上げてぽつり。「放課後、すごく勇気を出して、男の子に話しかけて。……でも、ダメだったんだよね。私が臆病だから」
「それ、相手の男に責任があったんだよ」
もう、ここまで来るとさすがの俺でもそういう話の流れだなってのはわかる。酒の酔いも手伝ってか、自分でも驚くほど大胆な発言をしていた。
「きっと今ごろ後悔してるよ。あのとき、俺がもっとしっかりしていれば……って」
シノは熱っぽい瞳で俺を見ている。
「せっかく女の子のほうは頑張ってくれたのに、な」俺のほうはあまりシノを見られない。
「でも、こうしてもう一度会えた」とシノは言った。「神様があの日のやり直しさせてくれてるのかな」
「放課後の魔法は、まだ続いてるってわけか」
シノは眩しいものでも見るように目を細めた。
「そうそれ。そういうところ」
「なにが?」
「タキくんって、なんか特別だった」とシノは言った。「身にまとっている空気がひとと違うっていうか、自分にだけ見えているものがあるって感じ」
「なに、いきなり」
「ぽつりと、すごく心に響くこと言うの」
過剰摂取したアルコールのせいか、シノが妙なこと言うせいか、腕の力が抜け、俺はふいに道路の盛り上がりにタイヤをとられ体勢を崩した。
自分のほうに大きく傾いた重いバイクを、慌てて腰で支える。
「し、シノ」俺は身体を不自然な『く』の字にして踏ん張りながら、「わるいっ、ちょっとそっち支えてっ」
慌ててシノがバイクの横に取り付く。
せーので持ち上げると、勢いあまって今度は逆側に倒れそうになった。
「うわっととと」俺はぐっとハンドルを引っ張った。
シノも、ハンドバックを落としてバイクにかじりつく。
ひーひー言いながら、なんとかバイクを戻した。
すぐにサイドスタンドを立てる。はー。
シノが、あははっと軽やかに笑った。「危なかったねー」
俺も笑って、「シノが居てくれて助かったよ」
道路に転がったシノのバッグを拾い上げ、ぱんぱんとはたく。
目を上げると思いがけないくらい近くにシノの可憐な顔があった。
俺は片手にバッグを持ったままシノを抱き寄せた。
シノもぴったりと身を寄せ俺の腰に手をまわした。
力を入れて抱き合う。
触り心地のいいニット越しに、シノの身体の柔らかさを感じた。品のいい香水の匂いが香る。
ごめん。つい。
声にならない声をあげて、俺はシノから離れようとした。
それを拒むように、シノの腕に力がこもった。思わずシノの顔を見た。シノは潤んだ瞳で俺を見ていた。その視線の熱さに、気圧されるように俺は目を逸らして。
「相手をよく見て」
優しく叱るようにシノは言った。
糸で引かれたように俺は視線を戻した。
シノは真剣な顔だった。
「ビビッてちゃダメさ」吐息混じりのシノの声。
形のいい唇が艶めかしく動く。柔らかそうな唇から目が離れない。自分の唇を、そこに押し当てることがごく自然で当たり前のような気がしてくる。
そんな俺たちの間に割り込むように、後ろから、車のヘッドライトが近づいてきた。
眩しさに目を細めながらそっちを見た。
白の軽自動車が俺たちのすぐ脇を通り過ぎた。
助手席の窓に、漫画みたいに口をぽかーんと開けたリンが張り付いていた。
凍りついたように大口を開けて動かないリンを乗せ、軽自動車は夜の闇の中を走り去っていった。
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