わかれのさきに 弐
「翠ちゃん!」
怪人たちの人垣の向こうから、叔父の声が聞こえた。御免なさい、と思った。私が愚かだった。まだ諦めきれなくて。園子さんとまだ話が通じるかも知れないだなんて思って。それで、
遠くから、何かが
「馬鹿、それはもっと後で――!」
関さんの怒鳴り声がする。それは黒々した美しい表紙の、一冊の本だった。私と菱田さんが出会った時の、あの図書館の。
(これ、どうも処分が出来なくて。何かに使えたりはしませんか)
空中で開いた本から、黒い痩せた手が蔦の様に伸びる。それは園子さんに襲いかかり、絡みついた。園子さんは驚いた顔で悲鳴を上げた。
(君は本と見れば目が
そう。関さんは
園子さんは見る間に、あの無残な焼けた姿に変わりつつあった。私を取り巻く無数の怪人たちは、
そこには、菱田さんに関さんに叔父に、それから仰天した様子の図書の先生が居た。涙が
「駄目。行っては駄目よ」
園子さんが
そこから空中に、きらきらと輝く光の粒子が飛び散った。
それは
ああ、菱田さんが見たと言う翼はこれだ、と思った。何の力もない私の目にも見える程、あまりに強い虹色の光に網膜が焼けつきそうになる。光の人は走り去る私に両腕を差し伸べ、後ろから抱き
私は光に呑まれた。
気がつくとそこは、頭が痛くなる程明るい様な、同時にどこまでも暗い様な場所で、私はふわふわと浮く様にして
さみしいひとつになりたいかなしいいたいつながっていたいばらばらになりたくないこのままでいたいあなたが必要だわたしはるきへるもうすぐ名前がきえてしまうばらばらになってしまうそんなのはいやだこわいこわいわたしはいのちをつなぎたいそのためにあなたがほしいあなたがほしいあなたがほしいあいしているあいしているはたのみどりさんわたしのなをよんでくださいわたしはるきへる。
私のたったひとりの愛しい人になって下さい。
私は歯を食い縛りながら、溶けそうになるのに耐えていた。拒絶するのは簡単だった。最初の時の様に思うがままに罵ってやれば良いのだ。でも、それが出来ない。
私の外を満たす悲鳴と同じ、汚くて身勝手でどうしようもない恋情が、私の中にあったからだ。
相手の想いを否定すれば、私は私を否定する事になる。そうすれば、このまま自分が解けて消えてしまいそうだった。
だからと言って自分の気持ちを肯定するのなら、今度は相手の想いも認める事になる。そうすれば私は取り込まれて終わりだ。この奇妙な世界で、私は身動きが取れずただ負けるのを待つのみだった。
涙が頬を伝った。どうしてだろう。私はただ、菱田さんが好きなだけなのに。偶々出会って優しくしてくれた、少し不思議で、がむしゃらなあの人が好きなだけなのに。私はそんな私が好きになれない。だからと言って、只嫌いになる事も出来なかった。こうしている内に、私の想いは私を傷つけていく。そうして、やがて私を溶かして殺すのだ。
一瞬の様な、
その時。誰かの手が伸びて私の手首を掴んだ。大きくて、温かくて、少し筋張った、男の人の手だった。
叔父だ。私には
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