第肆話 ほんのなかみは
ほんのなかみは 壱
学校の図書館にはあまり聖書だとか、天使と悪魔だとか、そういった関係の本は無かったから、私は休日に家から少し離れたところにある、何とか言う文化人の記念図書館に来ていた。母は少し渋い顔をしたけれど、勉強をすると強弁して許して貰った。実際に足を運んでみると、私の様な小娘はおろか、そもそも女の人が
背の高い本棚にこれでもかと本が詰め込まれ、しんと静まった空気の中、私の足跡が妙に響く、そんな様子は何だか特別な経験のような気がしてどきどきと胸が高鳴ったけれど、浮かれても居られない。私はるきへる様の事を少しでも調べたくてここにきたのだから。
学校の歴史だとか、そういった本には当然あの名前はどこにも無かったし、
ところが、少々問題があった。開架式の本棚はあまりに背が高く、私の求める書物はうんと上の方に配置されていたのだ。手を伸ばす。届かない。伸びをする。届かない。そこらの踏み台に乗ってみてもまだ届かない。これでも平均よりは結構背高な方なのだけれど。
私が上を睨みつけていると、「
人影は自分の分を集め終わったのか下に降りて、重たげな脚立を少しずつ持ち上げては下ろし、こちらに歩いて来た。私と背が同じくらいだから男の人にしては小柄な、ネクタイを締めていなければ学生にも見える様な幼顔の男性だった。物貰いでもしているのか、左目に掛けた白い眼帯が目立つ。
その人は私の横に脚立を据えると、するするとまた登り出した。
「どの本かな。取ってあげようか」
私は有難く好意を受け入れ……お陰で見知らぬ男の人の前で『天使伝』だの『暗黒悪魔崇拝の秘儀』だの何だか厳めしい題名を告げる羽目になったのだった。少々恥ずかしい。ともあれ、私が求めていた書物は、無事手元に届いた。
「有難うございます」
私が頭を下げると、男の人は軽く手を振って、本の山の方に戻って行った。
それで何がわかったかというと、大層面白かったけれど、正直のところあまり収穫はなかった。ルシフェルという堕天使の名前は明けの明星を指すとかで、だから明星女学園と関係があるのかしらとか、それ位だろうか。
ルシフェル、ルシファー……ルキフェル。光を齎す物。魔王サタンの前身。矢っ張り私には、突然そんな物があの学校に登場するのは不自然に思えた。叔父も言っていた通り、悪魔が存在する為には、まず神様が居なければならない。堕天使が在る為にはまず、天国があって、天使があって、そういう確かな前提が必要なのだと思う。明星にそんな前提は無い。
るきへる様が実際何なのかはわからないけれど、学校の中に
私が掴んだのはその程度の事だった。仕方なく、席から立ち上がって本を返却棚に持って行こうとする。
その時、私の耳に何か
もし、誰かが倒れてでもいるなら、それは助けに行ってあげないといけない。そう思って、本を返すと取って返した。声はまだ断続的に小さく響いてくる。
私は本棚を見た。もしかしたら、おかしな話ではあるが、声はここから聞こえているのでは、と思ったのだ。耳を澄ますと、美術書の棚の隅から聞こえている様に思えた。
私は軽くしゃがむと、どちらかと言えば好奇心から、その本にそっと手を伸ばしてみた。黒い背表紙の大判の本。一体、中身はどんな物なのだろう?
その時、私の手首は突然伸びて来た男の人の腕に、がしりと強い力で掴まれた。驚いて腕から肩へ、顔へと視線をやると、それは先程本を取ってくれたあの男の人だった。真剣な表情の顔には、あの眼帯が無い。隠されていたその左目は、黒目が色素の薄い奇妙な灰色をしていた。色の違う両目は、私をジッと見つめていた。
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