みあうひととき 参

「それで、破談にしてしまったの」


 私は(再び私、羽多野翠はたのみどりの語りだ)、後日叔父の家で話を聞き、何というか吃驚びっくりしてしまった。


「お母さん、いいお話なのにどちらも文句を言うからって随分ずいぶん憤慨していたわよ」

「仕方がないだろう、そういう話になったのだから」


 叔父の話によると、お相手の女性は亡くした許嫁いいなづけに心を残しており、術を用いて身代わりを作る程で、その話にいたく同情した叔父は相談して互いにこの話を断る事に決めたと、そういう事のようだった。

 何か伏せている情報がある様な気がしてならない。大人はずるいと思う。


勿体もったい無いとは思ったさ。気も合いそうな人だったしね。だが、結果はこうだから仕方がない」


 軽く手を広げる。そして反対に私に尋ねて来た。


「君は恋情は駄目なんじゃなかったのか」

「叔父さん、別にあの人の事を好いていた訳じゃないでしょう」

「わからないよ。もしかして無理にでもめあわされて、何年か経ったら情も移ったかも知れない」

「………」


 なんだかくっつけた肌の体温が、高い方から低い方に移るみたいで気持ちが悪い、とも思ったが、私がいとうのは自分にまつわる恋慕の情で、他人の事をいちいち取り締まろうとは思わない。


「それならそれで、良いじゃないかと思うわ。そういう夫婦めおとなら良く居ると聞くもの」

「そうだね。もしかしたら僕らは、そういう夫婦になれたのかもしれない」


 叔父はぼんやりとそんな事を言う。断っておいて何を言っているのかと思わないでもないけれど。

 白シャツの青年の姿が、現実の愛に塗り潰され、時を経るごとに薄くなっていって、ついには消えてしまう。そんなイメージを私は抱いた。それはそれで、何だか物悲しいような気もした。


「でも、ならなかったのでしょう」

「そうだね。もう縁は切れてしまった」

「ねえ、叔父さん。どうして? 何か私に話していない事があるでしょう」

「そりゃああるさ。物書きの仕事は、何を語って、何を語らないか選ぶ事だよ」


 どうもこの叔父は、こうやってとぼける癖があるのだ。そう言う時は何とも腹立たしく思える。自分が子供だと言われているような気がするからだ。


「どうして、か。そうだなあ」


 叔父は、何だか少しだけ悲しそうな、懐かしそうな顔になって、庭をジッと眺めた。


「雨が降っていたからね」


 私も外を見やったけれど、その日は抜けるような快晴の日和で、雨の雫ひとつ見当たらないのだった。

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