第弐話 はないちもんめ
はないちもんめ 壱
私の通う
大抵活発な
只それだけの戯れだけれど、された方はたまったものではない。段々と自分の側から人が抜けていき、誰も名前を呼んでくれない。そうして、ひとりきりで声を張る事をクスクス笑われながら強制される。おまけにこのからくりを知っていても、大勢で来られては断る事はそう簡単ではないのだ。
私はその日の中休み、図書館に向かおうと運動場の隅を歩いていた。別館になっている図書館は涼しく古い本が沢山あって、私の気に入りの場所だった。
昔、叔父が幼い私の子守を頼まれた時、本棚から文学書を渡したところ、当然に読めるはずもなく寝てしまった、等と言う話を聞いた事がある。母によるとそのせいで私は本好きになってしまったのだろう、との事だ。
叔父の仕事が仕事だし、父も叔父の作を贔屓にしているから大っぴらには言わないが、母は私が小説を大いに読む事をあまり快くは思っていない。
私は学級ではどちらかと言えば大人しい方の
足元に誰かが片付け忘れたのか、
「勝ってうれしい、花いちもんめ」
私は小声で歌いながらそれを持ち上げ、力いっぱいに列に向けて投げつけた。私の先日の球投げの成績は甲である。短い悲鳴と共にばらばらと列が崩れる。ひとりだった子は、ぱっと走って逃げ出した。
いい事をした、と思った。
「それはいい事をしたと思うわ」
帰り道、岸園子さんが短い髪の毛を振って
「私もあれはどうかと思うけれど、中々止められないもの。
園子さんは少し癖っ毛の断髪で、おっとりとした優しい顔をしていて、私の数少ない友人のひとりだ。今は学級は違うけれど、時々示し合わせて一緒に帰る事にしている。
「自慢のお友達だわ」
そんな事を言われてしまっては照れ臭い。私はむにゃむにゃ言いながら傍を見た。そろそろ夕暮れの空気が辺りに漂っていて――。
「そうだ」
私は唐突に先日の事を思い出した。まだ園子さんには話していなかった事だ。
「ねえ、園子さん。学校に
「怪異?」
園子さんは不思議そうに目を瞬かせる。
「知らないわ。ええと、音楽室のピアノが誰も居ないのに鳴っていて、とかそういうのならわかるけれど、怪人てなあに」
「そうか……そうよね。じゃあ、あれは何だったのかしら」
先日、私の目の前に現れて消えた透明の怪異は、その後姿を現わす様子は無い。もしかしたら居るのに見えないままなのではないか、などと考える事もあったけれど、あまりに疲弊するので止している。
でも、まだ確実に居るのだ。そうして、私を慕っている。ゾッとするようだったけれど、私は簡単に園子さんにあの時の話を聞かせた。
「恐ろしいわね……。そんな物が学校に居ると思うと怖いわ」
「信じてくれる?」
「翠さんの事だもの。妄言は言わないと思うの」
にこりと笑って園子さんは言ってくれた。
「信じるわ」
それから園子さんは学校に伝わる噂話や怪談を幾つか教えてくれた。図書館は昔火事で焼けかけて、中で生徒がひとり亡くなっているとか、そう言う話だ。
「後は、そうねえ。運動場の水道は深夜になると血を流すとか、それ位かしら。るきへる様とかは、あれはいい物だから違うと思うし」
「るきへる様?」
「学校の守護者なのですって。いつでも見守ってくれているそうよ」
ふうん、と私はなんだか胡散臭さとお呪いの匂いを感じて、そこで話を打ち切った。只、その名前だけは何となく引っ掛かって、頭の隅に留めておく事にした。
「るきへると言ったら君、あれじゃないか。堕天使ルシフェルだ。
叔父は私の話を聞くなり博識なところを見せてくれた。
「しかし妙だね。明星は別段
「聖書の話なんて殆ど聞いた事もないわ」
「悪魔崇拝ごっこか何かかと思ったが、普通は根っこに神様が居るからこそ反動が出る物で……何なんだ、君の学校は」
「知らない。誰かが悪戯でこさえた話が広がって居るのじゃないかしら」
何の話をしているのよ、と母が少し嫌な顔をした。弟は一心に焼き魚を頬張っている。
「それよりも、さっきの花いちもんめの話が僕は気に掛かる」
叔父は心底憂鬱そうな顔になり、こんな事を言った。この人はこういった、
「君は目立って、しかも皆の邪魔をしてしまった。次は君に狙いが来るぞ。気をつけていなさい」
私は目をぱちくりとさせる。母がいいから早く食べなさいと小言を言った。
そう、果たして叔父の言葉は次の日実現したのだ。しかも、とても嫌な形で。
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