記録02 許されざる邂逅

東京都練馬区

午前8時30分



 国連軍特殊作戦部隊第8大隊は幾つかの班に分かれ、そのうちの1班は世田谷区、2班は練馬区の捜索にあたっていた。

1班の班長は大隊の隊長シェリー・カスペンダー少佐。そして現在、練馬区のとある商店街を捜索する2班の班長は、大隊の副隊長であるカルロス・アレクペロフ中尉が務めていた。

「ここも、誰もいませんね」

 カルロス中尉は商店街を抜けたところで足を止め、無線で部下たちを呼んだ。

「前方クリア。次のエリアへ移動します」

「了解」「了解」「了解ですよっと」「了解です」

 班員たちの返事がイヤホンから聞こえてくるや否や、商店街のあちこちからグレーの迷彩服で武装した隊員たちが姿を現し、カルロスのもとに集まって来た。

 カルロスが率いる2班の班員は、ピーター、デオグラシアス、ガノフ、桐山、見上の五人。カルロスをあわせた六人で生存者の捜索を行っていた。

 カルロスの傍らで警戒にあたりながら、デオグラシアスは小声で囁いた。

「この商店街も駄目です。全滅しています。どこも死体だらけだ」

 班員全員が集まったことを確認すると、カルロスは首相官邸付近で待機する臨時本部に無線で報告した。人外の未知の生物を相手とするこの作戦中、国連軍兵士はこまめに連絡を取り合う取り決めとなっていた。

「こちら2班。商店街の捜索を終えました。生存者なし。次のエリアに移動します」

「了解。幸運を、中尉」

「ありがとうございます」

 カルロスは短機関銃を構えて商店街の外の建物を見上げた。人どころかカラスの気配すらしなかった。彼の経験上、野生動物すら姿を見せない状況は異常と言えた。

「向こうの通りも血の海でしたからね。酷いものです」

「避難が間に合った者たちもいたようですけどね……」

「本当に、ただの避難なのであればいいのですがね」

「と、言いますと?」

 デオグラシアスが尋ねた。中尉は彼を振り向いた。

「なにせ謎の黒い生物の目的がわかりませんからね。連れ去ったという可能性も無くはありません」

「奴らはひたすら殺戮を繰り返していると聞きますが」

「ですが目的まではわかりません。殺さずに攫う例外がないとは限りません」

 柔和な顔のままで、カルロスは平然と言ってのける。

「ある一定のラインを殺してから、なにかの実験でも始めるつもりなのかもしれませんよ。なきにしもあらずという話です」

 デオグラシアスは冷や汗をかきつつも、鼻で笑った。

「まさか。奴らは獣のように暴れまわるんですよ。中尉もハリウッド映画の見過ぎですか?実験だなんて。そんな頭を持っているとは思えませんがね」

 カルロスは無言で部下たちについてくるよう手で指示し、商店街の外へ前進し始めた。

「そうだといいのですがね」と、カルロスはつぶやいた。

 彼は考えていた。アメリカをはじめとする、先進国が謎の黒い生物から大打撃を受けているという報告。シェリーは確かとは言い切れないとは言っていたが、もし正確な情報だったとしたら? 知能のない獣に、強力な武器を持った軍を有する国々がそう易々と追い詰められなどするのか?

 ここから先は無人機による偵察から一時間が経過したエリアだ。いまは状況が変わっている可能性がある。充分に警戒していかなければならない。カルロスは部下たちに声を出さないよう命じた。

 雑居ビルの角から向こうの通りを覗き見、カルロスはハンドシグナルでデオグラシアスに遠くの建物を確認するよう指示を送った。デオグラシアスがカルロスのわきから双眼鏡を覗いた。

 双眼鏡から目を離したデオグラシアスは首を振った。中尉は反対側の警戒にあたった桐山に顔を向けた。桐山も同様に首を振った。

 カルロスは前進の合図を送った。

 それから一時間ほど前進し、あるマンションの前で2班は停止した。

 カルロスたちは、集合住宅はすべて内部を捜索し、人が残っていないことを確かめていた。それはカルロスたちが遭遇したうち三つ目のマンションだった。

 中尉は部下たちに無言で指示を下し、マンションの捜索を始めた。一階はホールと管理人室で誰もおらず、隊員たちは揃って2階へ上がった。

 散開して生存者を探したいのはやまやまだったが、なにせ敵とされている生物は非常に強力かつ凶暴とされていた。班員たちの生存率を高くするためにも、カルロスたちは常に小規模に広がって行動していた。

 二階の一つ目と二つ目の部屋に人はいなかった。そして三つ目の部屋にも、誰一人いなかった。四つ目の部屋に至っては、ドアに鍵すらかかっていなかった。

 国連軍特殊作戦部隊が捜索を行う地区は、大規模な避難が行われた地区であると同時に、黒い生物による多大な被害を受けたエリアでもあった。カルロスたちが今まで見てきた惨状は大きく分けて二つだった。

 一つは住人などが大急ぎで逃げ惑う姿が想像できる雑然としたもぬけの殻。

 もう一つは、無残に殺された都民たちの死体の山だった。

 もぬけの殻と死体の山は半々くらいの割合でカルロスたちの前に現れた。

 黒い生物に殺害されたと思われる死体はどれも体を引き裂かれ、戦地でも目にしないような無残な有様だった。なかには原形を留めない肉塊のようになってしまったものまであった。それだけで黒い生物の恐ろしさは充分に隊員を震撼させた。

 マンションの捜索を始めてから十分後、第2班は三階の七つ目の部屋にも人がいないことを確かめた。

「………―――……ッ!!」

 次の部屋へ移動しようとした直前、ピーターが何気なく見た窓の外に、あるものを見つけた。

 ピーターは大急ぎで窓の外を見るように仲間たちにジェスチャーした。隊員たちが集まり、銃を構えて窓の外を見た。カルロスはピーターの隣から、彼が指さす方角に目を凝らした。

 そして、見つけた。

 初めて生で、それを目にした。


 あれが――……

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世界最終戦線カルロス 巴の庭 @world88

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