第三章 光の照らすもの-17
二人が勢いよく扉を開ける。そこには、燭台に照らされた、禍々しい祭壇があった。祭壇の上には、魔神、と思われる大きなアクマの像が鎮座し、その正面には盆がある。その中には、血…だろうか、赤黒いものが浮いた液体がなみなみと注がれていた。祭壇の前では、三人のヴェータラが祈りを捧げ、像がほのかに光を放っている。そして、指導者らしき装飾をまとったヴェータラが一人、傍らに立っていた。
「姉さん、あれ!」
指導者の横で二人のヴェータラが、一心不乱に祈りをささげている。そして、それに応えるかのように、祭壇が光り輝いていた。
「あ、あれが魔人の祭壇か!」
叫ぶクリネ、ゆっくりと、指導者がこちらを振り向く。
「貴様らは、何者だ。ほかの連中は、イシュタムはどうした。」
「私たちの仲間が、戦ってるわ。」
「そうか。ご苦労なことだ。イシュタムと戦っては、生きてはいまい。」
シュリが歩み出る。
「いいえ。私たちの仲間は、強いの。なめないでもらいたいわね。ついでと言っては何だけど、私たちもなかなかのものよ。それが魔人とやらの祭壇かしら。それを壊せばいいの?」
指導者が眉を吊り上げる。
「壊す。でかい口を叩いたものだ。アンリ=マンユ様の復活は、すぐそこまで来ている。邪魔などさせん。」
それまで、わき目も降らず祈りをささげていた二人のヴェータラが、すっと立ち上がり杖を構えた。
「そう。」
一言つぶやくと、シュリはヴェータラへ駆け出した。杖が光り、迎撃の光弾が飛ぶ。シュリは、身をひねって躱し、駆ける勢いでヴェータラを切りつけた。
「どうかしら、これで止まりそう?」
シュリの向こうでは、クリネが残りのヴェータラに剣を向け、けん制している。
「なめるなよ。」
指導者がゆったりと杖を構える。と、残ったヴェータラが杖に光をともし、クリネに振りかぶった。
「こんなもの!」
すかさず、クリネが剣を振りぬく。歴然の差がみえ、ヴェータラは一太刀に切り裂かれた。その時、飛び散ったヴェータラの血が、祭壇の像にかかった。
「キサマ!」
指導者が慌てたように叫ぶ。ほぼ同時に像が辺り一面に青白い光を放った。シュリもクリネも、目も開けられず、とっさに顔をかばう。光はどんどんと強さを増し、体に圧力冴え感じるほどに、そこにいるものを灼いた。
「な、なんなのこれ!」
戸惑ったクリネの声が上がる。それにこたえるように、指導者の声が響いた。その声音には、あきらめに似た自棄がありありと聞こえる。
「もう終わりだ!貴様らも、何もかも!終わった!…教えてやる。魔神アンリ=マンユを復活させる最後のカギは!…アクマの血だ。アクマの血が捧げられたとき、彼の神は降り立つ!」
「なん、ですって…」
「本来なら、もう少し生贄を集め、力を蓄えるはずだった。アンリ=マンユ様を喚ぶには、あと少し、力を蓄える必要があったのだが…事ここまで及んでは、致し方ない!さぁ!その姿を!」
「魔人が…」
シュリの声に合わせて、光が退いてった。漸く目が開けられるようになり、恐る恐る目を開ける。そこには、まぎれもない、悪魔がいた。ゼリー状で半透明の、巨大な上半身が地面からそびえる。聖堂の柱のごとく力強い二本の腕。そして、頭には急峻な岩山を思わせる一対の角が天を衝く。だが、シュリは、クリネは、アクマの指導者さえ、どこか違和感を感じる。太い腕も、角も、すべてが海のように透けている。そして本来、醜悪を極める顔があるべき場所には…何もない。
「これが…魔神…なの?」
クリネがその巨体を見上げつぶやく。動揺に、目が震える。しかしその横で、指導者の狼狽えようは、さらにひどかった。
「こんな…こんなはずはない。これが、アンリ=マンユ様など…。早すぎたのだ、やはり…。」
わなわなと身を震わせながら、それでも指導者は、マジノ前に膝をつき、祈るように見上げた。
「あぁ、魔人様。アンリ=マンユ様!私めが、あなたをここへ喚びだてました!いま、この世界に我が物顔で存在するヒトを!駆逐するために!今一度、この世界にアクマの理想郷を作る!そのために、力をお貸しください。憎きヒトを、その腕で、業火で!滅ぼしていただきたい!どうか…どうか!」
必死の祈りをささげる指導者、しかし、それを受ける魔神には、一向に知性の色が感じられない。すると。
「…コロス…」
と、耳障りな声が響く。
「なにっ!この、頭に直接響くような…こえ?」
不快さに思わず叫ぶクリネに目もくれず、魔神はゆっくりと指導者に近づく。一縷の希望に目を上げる指導者、魔人はググっと、顔…のような部分を近づけると、その真ん中が大きく裂け、がば、と指導者を頭から飲み込んだ。ごりごり、と咀嚼音だけが響く。シュリもクリネも、目を見開き、全身を震わせる。
「これが…魔神。これが…アンリ=マンユ?」
シュリが慄く。
「ア・・ア…。」
まともな知性が感じられないまま、声が響く。
「お、大方、中途半端に喚ばれたがために、満足な姿が保てなかったのでしょう。…不完全とはいえ、力は十分すぎるほどでしょうけど。」
シュリが、武器を構える、額に汗が浮かぶ。
「どっちにしろ、“コレ”を倒さなければここから出してもらえないでしょう。いきますよ。」
「ア…ア…アクマ…ヒト…コロ…コワス…タベル…オカス…アァ…アアアアアアアAAAAAAAAAAAAアアアアアアアアアアッッッ‼‼。」
クリネも、何とか意識を手繰りよせ、刀を構える。
目のない顔で二人を見据えていた魔人が、腕でいざって動き出した。
URRRRRRRRRR
声にならないうなりを上げ、腕を振り上げる。
“ヨルスク”
シュリがとっさに唱えると、クリネの剣が淡い光に包まれ、丈夫さを増したように見える。
振り降ろされた腕に剣を打ち合わせる。が、勢いを殺しきることはできず、押し飛ばされる。
―あぁ、もうっ
クリネの顔がさらに険しくなる。その手はじんじんとしびれを訴えている。
「クリネ!大丈夫!?」
「えぇ、ですが、重い。まともに打ち合うなど無理です!…ただ、動きは鈍重。そこをつけば!」
言うや駆けて、背側に回り込み、地面から生えている魔人の腰を切りつける。ギィン、と鈍い金属音が響く。浅い傷ができるが、まったく答えていないように、ゆったりと、腕で体を回してクリネを向いた。
「かたい!ほとんど効いていないの?」
“アラスク”
駆け寄りながらシュリが唱える。シュリの剣が鋭さを増し、赤熱する。
「これでどう⁉」
駆ける勢いのままに、シュリが降りぬく。今度は、多少深い傷がついたようだ。心なしか、魔人の顔がゆがんだように感じる。
「多少は効いたみたいね。」
そういって、クリネの剣にも魔法をかける。
それから二人は、舞うように魔人の周りを切りつけた。退けば切り、寄せば退いた。剣の届く範囲には、無数の切り傷ができていた。振り回される腕には、空気を押しつぶすような威圧がある。魔人の攻撃が当たった壁や調度は、みな粉々に吹き飛んでいた。しかし、幸い、魔人の動きは鈍く、寸でで躱し続けることができていた。ただ、
「姉さん、これ、聞いているのかしら…」
息を上げながらクリネがつぶやく。
「…正直、わからないわねッ。表情も見えないんだもの。」
シュリも、攻撃をよけながら肩で息をしている。魔人は、無数の傷を抱えながらも、まったく動きに衰えは見えない。それどころか、だんだん苛立ちを増しているかのようにさえ感じられた。
ふと、魔人の様子が変わった。攻撃を繰り返しながらも、何やら空気が震えるような感覚を覚える。そして…耳障りな声が響いた。
“ドラン・リプス”
デイジーエッダ 第一部 ~地獄編~ りじょう @rijo
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