第三章 光の照らすもの-16

 イシュタムの声とともに、ボト、ボト、と首吊りの亡者たちが地に落ちる。一つ、二つ・・・その数、六体。手に手に剣や斧、槍を構えている。ボロボロになっているが、立派な鎧を着こんでいる。

「彼らは?」

「ふっ、こいつらは、これまでに、わが教団を狙ってきたアクマ祓いの連中だ。このトーメント、かつてここで死んだ、無念の魂を掘り起こす魔法だ。彼らの“苦悩”その身で受け止めろ。さぁ、行け。」

 その一声とともに、一斉に亡者たちがシトリーへと駆けだした。みな、知性を感じさせないうつろな目をしている、が、しかしとても亡者とは思えない、統率の取れた動き。確かな実力を感じさせる足運び。彼らは生前の戦士の姿を残していた。

「ふん、こんな亡者で僕をやれるとは。こんな奴ら、シュリさん達に比べたら…」

 ぼうっ、と杖に明かりが灯る。

「なめるなよっ!」

“アグニ”先頭の一人に、音を追い越して雷が飛ぶ。よける間もなく、同を焼かれて一体の亡者が倒れる。後続の亡者はするすると躱して迫る。二人の亡者が左右に分かれてシトリーに躍りかかる。シトリーは素早く足を退き距離をとって躱した。が、続く猛火が先頭の二人の間を塗って剣をふるう。

「くっ。」

 杖を合わせて斬撃を躱すが、その重みに呻きが漏れる。感情無い亡者が、容赦のない剣をふるっていた。何とか斬撃をいなしながら、ちらとイシュタムを見ると、魔法の維持のためかその場から動けないようだ。五人の亡者がシトリーを囲む。

「ええい!」

“ルドラ”気合が響き、一人の亡者の足元から土柱が突き上げる。追撃の雷が亡者を焼くが、ほかの亡者が立て続けに切りかかる。シトリーは、背にすさまじい刃風を受ける。走り抜け、距離をとるがシトリーは背と頬に冷たい感触を感じ、熱い痛みが走った。

「あぁ、わらわらと鬱陶しい。」

 だが、シトリーが走り抜けたことで、それを追う亡者とイシュタムが近づいた。

 ―ここだ。

 怒りに熱くなった頭が、不思議と咄嗟に冷たく判じる。足を止め、杖を突きだし、吠えるように唱えた。

“ルドラ・オプス”

 ずっ、と、大地が揺れる。地面が、建物の壁が、わめくような悲鳴を上げる。イシュタムが一瞬辺りを見まあして、亡者の動きが鈍る。

「なんだ、何をするつもりだ!」

 イシュタムは、狼狽えながらも亡者に檄を飛ばす。

「ええぃ、何だか知らんが、何かする前にやってしまえ!」

 ぐっと亡者がシトリーに向かって駆けようとした、その時、地面から龍が昇るかのごとき勢いで、土が、岩が、大地がせりあがった。亡者も、その行く手を遮られたたらを踏む。瞬く間に、イシュタムと亡者は天を衝く壁に囲まれ身動きが取れなくなった。そして、ふたをするように壁の上端から天井ができつつある。まさに、大地の腕に閉じ込められたかのようだった。

「っこれしき!」

 内側では、亡者が壁に武器を叩きつけ、イシュタムの杖から雷が走る。しかし、その尽くが壁に傷一つ付けられない。

「ええい!くそっ!なんのつもりだ!出せ、だせ!」

「うるさい。大地に抱かれて、消えてしまえ。」

 シトリーがこつん、と杖を突くと、土の塊が地鳴りを立て、一気に収縮した。悲鳴も聞こえない。圧倒的な質量と圧力の中で、イシュタムは粉々に、土へと帰った。

 亡者をつるしていた大樹が、墨が溶けるように大気に消えた



「イシュタム…あなたは、まぎれもなくアクマだった。でも、今はそんな世ではないんだ。僕も…。」

 イシュタムの骸を見下ろしてそこまで独りごち、いや、と大きくかぶりを振った。

「いや、今はシュリさんたちを追おう。」


 一方、シトリーと別れたシュリ達は奥にある祭壇の間へ向かう。二人の眼前に、ひときわ立派な扉が見えてきた。

「姉さん、ここね!」

「えぇ、行くわよ!」

 二人は勢いよく扉を開いた。

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