第三章 光の照らすもの-15

「あ、あなたは?」

 シトリーが狼狽しながらも尋ねる。

「私はイシュタム。一応、あの男の側近だ。何やら不穏な空気がすると思えば、族が来ていたのか。」

「側近にしては、ずいぶん冷静じゃない。教主が殺されるのをむざむざ眺めているなんて。」

 クリネが狼狽を隠すように声を張り上げる。

「あの男が殺されようと、魔神アンリ=マンユが降臨しさえすれば良い。いや、魔神でなくとも、世界が変わるならそれでよい。」

「せ、世界が?」

「そうだ。このヒトに整えられた世界が壊れ、強いものが力で生きる、自由の世界が来るのだ。そのための魔神教だ。」

「そのために、宗教や教主を動かしたのですか。」

 シュリが割って入る。

「いや、奴らが勝手にやったことだ。それに、民衆を救うというのはうそではない。魔神が降臨し、自由の世となった暁には、弱者たるヒトは、強者であるアクマのもとに何不自由なく生かされるのだ。丁度、人間が家畜を飼うようにな。」

 大仰に両手を広げて見せる。

「そんな詭弁…」

「詭弁などではない。それが真理だ。弱肉強食という、自由の真理だ。私はアクマだ。アクマの真理はこれでよい。そちらのアクマは、なにを思ってかヒトの側にいるようだが、アクマとはこういうものだ。さぁ、魔神の祭壇はこの奥だ。止めたいのだろう?私を倒せばよい。出来るものなら。」

 イシュタムはすっと杖を掲げ、何事か唱えた。すると、辺りにうっすらと黒い霧が流れ始める。まるで、どこか違う場所へ引き込まれるような感覚…

「いけない!二人とも、走って!」

 シトリーが叫ぶ。

「え?えぇ!?」

「行きましょう!」

 狼狽するクリネの手を引いて、シュリが駆けだす。

「シトリーさん、先に行ってますよ!」

 二人は廊下を走り、霧から逃れて言った。そのまま、魔人の祭壇を探して屋敷を進むだろう。

「えぇ、すぐに追いつきますよ。こいつを、倒して。」

 霧が、イシュタムとシトリーを包み込んだ。


 目を覆う霧に、シトリーは一瞬目をつむった。目を開けると、いつの間にか屋敷の外、屋敷に併設された広場に立っていた。辺りは、夜に暮れていたが、周囲に篝火が焚かれており、十分に明るかった。

「これは…屋敷の外?移動の魔法か…。」

 辺りを見回す。そこには、不思議とほかの人はいない。ただ、このアクマを除いて。

「あぁ、ここなら多少暴れても大丈夫だろう。」

 彫像の顔が、楽し気に歪む。

「だが、よかったのか?二人を先に行かせてしまって。どうなっても

“アグ”

 ビュ、と空を切る音を連れてイシュタムの頬の、すぐ横を雷がかすめた。

「他人の心配はいりません。自分の身を案じたらどうですか?」

「ふん、そうか。」

 イシュタムが杖を構える。肩ほどの長さの、銀色に輝く杖。先端には、太陽を模したような飾りがついている。

「じゃあ、始めるぞ。”ドランラ”」

 瞬間的に赤熱したイシュタムの杖先、炎がほとばしる。炎はうねる蛇となり、シトリーを消し炭にせんと迫る。

「炎かっ!」

 シトリーも咄嗟に魔法を紡ぐ。

“ルド”

 土壁がせりあがり、炎の行く手を遮る。だが、超常の熱を受けた土壁は、みるみる真っ赤に染まる。それを見るやシトリーは、射線上からよけと、太陽の杖を振りかぶり、イシュタムが殴り掛かった。

 キィンと、金属がぶつかり合う耳障りな音が響く。二人のアクマが杖を合わせて鍔ぜりあう横で土壁がぐにゃりと歪み崩れ落ちた。シトリーがいた場所を炎がなでる。

「なかなか、やるじゃないですか。教主の腰巾着かと思いましたが。」

「そちらこそ、ヒトにほだされた腑抜けかと思ったが、いい動きをする。」

「ふふ、腰抜けか。」

 ぐ、と力をこめてイシュタムを押し返す。イシュタムは一瞬よろめくが、シトリーは何もせず相手を見据えている。

「お前が腰抜けと呼んだアクマの力、見せてやろうじゃないか。」

 シトリーの杖が、雷光をまとった。


 それから、幾度と魔法の応酬が続いた。そこここに焦げた跡と土くれが転がる中で、二人のアクマがにらみ合うが、黒い彫像は膝をつき、豹のアクマはそれを見下ろしていた。力の差は歴然だった。

「まったく、この程度ですか。これなら、かつて戦ったマルバス達のほうがよほど手ごわかった。」

「マルバス?」

 苦悶の顔に、怪訝な色を浮かべて聞き返す。

「あなたは、知らなくていいんですよ。さぁ、そろそろ終いにしましょう。」

 すっと杖を掲げる。

「ふん、なめるな!貴様のようなアクマの生き方を忘れたものに、何ができる!」

 イシュタムが大地を踏みつけて立ち上がり、杖に力を籠める。周囲に、黒い霧が渦巻き、濃密な密度となってイシュタムを覆う。

「何をするつもりですか。」

 シトリーの杖から、雷が走る。しかし、霧の衣に阻まれて霧散した。シトリーが顔をゆがめる。

“トーメント”

 イシュタムの声がおぞましい響きを持って空気を震わせる。地を唸らせる響きの中、眼前に墨で染めたような黒い大樹があらわれた。よく見ると、大樹の枝には縄がくくられ、六人の人影が首をくくっている。

「何を…」

「ハハッ、終わりだ。お前は、この者たちに裂かれ、亡者の一人となるのだ。さぁ、行け!」

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