第三章 光の照らすもの-14

 それからは、戦いの連続だった。屋敷の中は見た目以上に広く、三人に出会うアクマがみな、武器を抜き行く手を阻んだ。

「あぁ、もう。教主とやらはどこにいるんだ。」

 シトリーは毒づきながら、まだこちらに気付かないヴェータラに魔法を放つ。杖先から放たれた稲妻は、振り向いたアクマの顔を驚愕に染めたまま焼いた。焦げ落ちたアクマに顔をしかめながら、シュリとクリネはその脇を滑りぬけ、また次のアクマを切る。そんなことを繰り返しながら屋敷の中を進むと、ひときわ豪華な調度の並ぶ一角を見つけた。


「雰囲気が変わりましたね。ここに教主がいるのでしょうか。」

 いつもよりも、ひどく重たく感じる武器を手に、息を整えながらクリネが言う。しばらく進むと、見張りの立っている扉を見つけた。シトリーは、角から様子をうかがうと、顔を戻して二人に向き直った。

「あそこの扉、教主の部屋かもしれませんね。見張りが立ってる。」

「これだけ騒いだんです。見張りも立つでしょう。姉さん、シトリーさん、どうしましょうか…。」

「…私が行ってきます。」

「姉さん…?」

「一人で、ですか?」

 二人の心配とも困惑ともつかない視線に微笑んで返す。

「大丈夫よ、見張りは一人。すっといって終わらせてくるわ。だから、ここで待ってて。」

 シトリーは、その微笑みの奥に何か別の表情を見た気がした。クリネもそうだったのだろう。う…と戸惑ったように口ごもっている。しかし、ここまでの戦いの疲労か、その笑顔の裏に隠されたものまでを見つけることはできなかった。

「じゃあ、行ってくるわ。」

 二人を残し、シュリは何食わぬ足取りで見張りの元へ向かった。こちらに気付いた見張りが一瞬あっけにとられ、しかしすぐ険しい顔になり話しかけてくる。

「ん?なんだ、どうした。見ない顔だが…」

「いえ、ちょっと気になることが…」

 話しながらも歩みを止めない。そして

「…っ!」

 そっと胸から剣を抜くと、見張りが倒れ伏した。シトリーとクリネが気付いた時には、すでに剣は見張りの体から抜かれ、鞘に戻っている。シュリは、音が立たないように一回抱き留めてから、床に死体を横たえた。

「すごい…あの技術は…。」

「私も知らなかった…まるで、暗殺じゃない。」

 シュリが二人を手招きする

「いけない。クリネさん、行きましょう。」

「そ、そうね。」

 三人が合流すると、シュリが剣についた血をぬぐいながら二人に話しかける。

「この奥が教主の部屋の様です。私が行って、話してきましょう。二人は、ここで見張っていてください。」

「姉さん…一人で大丈夫なの?」

「大丈夫、任せなさい。そっと片を付けてくるわ。」

 シュリは、無造作に戸を開けると、ずかずかと部屋に入った。豪奢な椅子に腰掛けていた教主は、堂々と入ったシュリを見ると。目を見開いて立ち上がった。ひどく狼狽し、何かを叫びかけ口を開けたが、シュリは構わず無言ですすっと歩み寄り、手で口を押えた。

「ねぇ、教主さん。少し聞きたいんだけど…あなたたちの魔神を止める方法はあるのかしら?」

 ちらちらと、逆の手に持った剣を見せる。何か魔法が働いているのか、教主は手足を動かせないでいるようだ。見開いた目をわななかせ、脂汗を浮かべている。対照的に、クリネは涼しい顔、冷たい笑顔を浮かべている。

「あら、そういえばしゃべれなかったわね。だったら、“はい”なら瞬きを三回しなさい。“いいえ”なら二回。どうなの、魔神を何とかする方法はあるのかしら。」

 教主は、ただただ、震えている。涙が流れ、膝は震え、とてもまともに答えられる状況ではない。

「あら、残念ね…。まぁいいわ、あの側近のアクマにでも聞きましょうか。とりあえずあなたは…」

 シュリの声が暗くなる。教主はただならなさに震えが大きくなる、が、二度三度びくっと大きく痙攣すると、そのまま動かなくなった。シュリが一息に、剣で胸を突いていた。

「もう、いらないわ。」

 年頃の女性には似つかわしくない、まぎれもない殺しの技だった。一部始終を見守っていたシトリーは、危うく取り落としそうになる杖を何とか握りしめた。震えが起こる。

 ―僕は、この二人のことを、何も知らない。

 不意にそんな考えに襲われた。

 だが、シトリーの横でクリネも青ざめた顔でシュリを凝視していた。妹にとってもショックな光景だったようだ。

 しばらくの後、シュリが戻ってきた。短剣はすでに鞘に納められている。。

「ふふ、どうやら教主は素人だったようですね。碌な抵抗もありませんでしたよ。」

「姉さん…今のは…」

「そうですよ…あんな手際のよい“殺し”あれではまるで

「暗殺者、のようですね。それとも、殺し屋でしょうか。」

 驚愕する二人に、シュリが言い放った。困ったような笑顔で、だがその声音は冷たい。

「ごめんなさい、二人とも。…そうね、この一件が片付いたら、全部話すわ。だからそれまでは、お願い、何も聞かないで、一緒に戦って。今は…話している場合ではないみたい。」


 シュリが振り向いた先から、声がかけられる。

「あの男は死んだのか。存外頼りなかったな。」

 そこには、演説の時教主の横にいた黒曜石の彫像のような女性型のアクマが立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る