第三章 光の照らすもの-13

 馬車を降りたところから少し歩き、大通りから離れて入り組んだ路地へ入ると、大きな白い建物が見えた。三人は、通りの角から様子をうかがう。

「どれどれ、これは…あたりだ。宿舎か何かの裏みたいですね。いい塩梅…というかやっぱり人影も見えないようです。ん?あれは…。」

「どうしました、シトリーさん。」

 シトリーが何かに気付いたように声を上ずらせた。

「向こうに、おそらく…魔神教の信者のローブらしきものがたくさん干してあります。拝借してしまえば、うまくまぎれられるかもしれませんね。」

 シトリーが見る先には、砂漠で戦ったヴェータラたちが着ていたのと似ているローブが干してあった。建物から目を離したシトリーが、二人に向き直る。

「行きましょうか。」

 通りを抜けると、シトリーの見立て通りそこは宿舎の影らしい。人影はなく、庭らしき空間にはたくさんの洗濯物が干してある。

「これが…信者の宿舎でしょうか。意外と普通の建物ですね。」

「そうね。でも、なんか雰囲気は異様な…。何か、生活感がないというか、…部屋というより穴ぐらのような雰囲気が合うかもしれないですね。」

「…それに、あまりにも静かです。誰もいないんでしょうか。」

 シュリとクリネがあたりを見渡す。二人の言うように、こちらも全く人の営みが感じられない。それどころか、周囲に人の気配すらない。

「何はともあれ、まずはあの服を拝借してしまいましょうか・あんなものでも、無いよりはましでしょう。」

 三人は干してある白いローブをそれぞれ羽織った。そのローブはかなりゆったりとしたつくりになっていて、クリネの下げる刀やシトリーの背負う杖も隠された。

「では、街の探索と行ってみましょうか。」

 それから三人は、周囲に目を配りながら街中を歩いた。街は一面白い漆喰やレンガでできており、宗教都市らしい楚々とした印象を与える。しかし、神聖な都市にあるべきの澄んだ空気は感じられない。また、商店なども見えるが、そこに人は一人も見られずすべて無人であるのが死んだ街を思わせた。

「本当に誰も、ヒトもアクマも姿が見えませんね…。」

「街のヒトはどこへ行ってしまったのでしょうか。」

「あ、あれは。」

 シトリーが先に見える広場を指さす。そこは、ほかの街では見たこともないような大きな広場、そして、そこにこの町中のヒトが集められ整列させられていた。三人は路地に身を隠しながら、その様子をうかがっていた。すると、人々の真ん中に護衛に囲まれた二人のアクマが見えた。片方は、濡れたような黒色、黒曜石で彫られた女性彫像のようなアクマ、そしてもう一人はヒトの体にクマのような頭を持ち、金糸の刺繍の鮮やかな純白のローブを着込んだアクマ。

「あそこに見えるのが、この魔神教の教祖、ということでしょうか。」

「あいつが…」

「しっ。何か、話すようですよ。」

 ローブを羽織ったアクマは、ゆっくりと右手を上げると、朗とした声で話し始めた。

「みなさん、ごきげんよう。今日も魔神様のため、労働に励んだようで何よりです。この街の外では、相も変わらず多くのヒトが死んでいます。貧困、病気、盗賊、自然、そしてヒトとアクマの争い。悲しいことです。皆さん。皆さんは今日も、平和に労働に励むことができました。なぜか。それもこれも魔神様のご加護のたまものです。」

 言葉が途切れると、ヒトから感嘆の声が上がる。

「そして、皆さんにうれしいお知らせがあります。皆さんの信仰で、もうすぐ魔神様がこの世界に降臨されます。」

 群衆の歓声が大きくなる。みな、恍惚とした雰囲気をまとっており、尋常ならざる熱気を持っていた。

「魔神様が降臨された暁には、魔神様のお力でもって…信仰に背く、外の愚かな者どもは皆殺しにされるでしょう。魔神様はヒトも、アクマも等しく守ってくださいます。ただ何も望まず、何も持たず、財も労働も、身体も、魔神様とその申し子たる我々に捧げればよいのです。赤き血潮と、月のミルクがあと少し盆に満ちれば、魔神様は復活します。さぁ、今日も血潮を流しましょう。…連れてきなさい。」

 教祖がそういうと、後ろからヒトが一人連れてこられる。その男は、さるぐつわをかまされ、身動きが取れないように縛られてもがいている。

「~~ん~んん~~~ンンッ。」

「今日は彼を魔神様へのいけにえに捧げなくてはなりません。悲しいですが、これも魔神様降臨のため。彼には名誉を持って死んでいただきましょう。」

 そう言って、アクマが大仰な仕草で目を伏せる。すると、背後から大きな斧を構えたアクマが現れた。

「まさか、あれで?」

 クリネの目が、驚きに見開かれる。

「うそでしょ?」

「んん!んん~~んん!」

 さるぐつわの男は、飛び出さんばかりに目を開き、髪を振り乱して身をよじる。そして、斧が振り下ろされる。男の左足が飛び、おびただしい血が流れる。男のうめきは、離れた三人にも聞こえるような緊迫感を持って響いた。

 ウオォォォオォ!!!人々の感情は最高潮だった。

 そして、男は手を縛りつるされ、滝のような血が流れた。男はぐったりと、顔面を溺死せんほどの体液で濡らし、白目をむいて痙攣している。

「さぁ、今日も血が流れました。魔神様の降臨は近い。皆さん、これからも励みましょう。」

 そういって、教祖とその側近は段を降り消えていった。人々は、アクマの引率に沿って列をなして宿舎の方へ向かっていった。ほどなくして、広場には誰もいなくなった。

 シュリ、クリネともに呆けたような顔をしている。

「あ、あんなことが…」

 クリネが震える。

「…止めましょう、一刻も待ってはいられません。」

 シュリは、悲壮な顔で決意を表明する。

「えぇ、あんなこと、とても許されないわ。あんな…。」

「行きましょう。魔神の降臨も近いようです。魔神が現れれば、ほかのヒトを蹂躙するとも言っていました。想像より大事の様です。今夜にでも、あの宮殿へ入りましょう。必ず、止めなくては。」


 三人は、そのまま夜を待った。夜に紛れて、教団の本部であろう施設に忍び込むつもりである。不思議と見張りなどはなく、宮殿の側面の壁にしゃがみこんだ。

「僕の魔法で穴をあけましょう。壁に穴が開けば、ばれるかもしれませんが、どうせ今夜で蹴りをつけるのです。構いません。」

 二人が頷くのを確認すると、シトリーは杖を構え、ぐっと力を込めた。白い石造りの壁は、ぐにゃりと歪んだかのように見え、そのままガラガラと穴が開いた。そこから三人が中を伺うと、ちょうど倉庫のような部屋のようで、偶然にも人影は見えない。そのまま滑り込むように侵入した。

「さぁ、ことは一刻を争います。手早く見つけましょう。教団のアクマに見つかっても、速やかに無力化。いいですね、クリネ、シトリーさん。」

「わかったわ。」

「急ぎましょう。」

 三人は頷き合い、するりと倉庫から出て、宮殿内を探索した。宮殿内は、清潔感のある真っ白な内壁に、不釣り合いなほどきらびやかな調度品が置かれていた。廊下へ出た三人を見とがめ、怪しんだ教団のアクマ、砂漠で戦ったヴェータラたちが、見ない顔だな、などと言いながら歩み寄ってくる。三人は、無表情に武器を抜いた。

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