第三章 光の照らすもの-12
それからしばらく、食事や入浴を済ませ、各々部屋で思い思いにくつろいでいる。夜はとっぷりとくれ、夕方には外から聞こえていた振れ売りの声も、聞こえなくなっていた。
「さて、これからどうしたものですかね。何とか、セティの街へ入りたいですが…。」
ベッドに腰かけたシトリーが、二人を見回して口を開く。
「そうですね…。」
シュリが思案するように答えた。シュリは、わずかに開けた窓のそばに椅子を持ち出し、窓枠に肘を載せて座っている。砂漠の夜は冷えるというが、窓からは昼の熱を残した、暖かい風が入ってくる。その風が、長く降ろした黒髪を揺らすたびに、産毛が触れるように、心地よさそうに目を細めていた。
「この前の、ハチボリの時みたいに正面から堂々と、とはいかないでしょうね。」
「でしょうね…僕らはもう、顔が割れているでしょう。散々戦っていますからね。」
「信者の振りをして入ってみるのはどうでしょう?」
うーん、と顎に手をやってシトリーは唸る。
「それも難しいんじゃないでしょうか。それに、信者として中に入ってはそれからの動きも制限されそうですし…。」
「そうだ。」
これまで、ベッドに腰かけて興味なさげに刀の手入れをしていたクリネが口を開く。
「あの町も、外から物資は仕入れているでしょう?ラングさんたちみたいな商人に紛れるのはどうでしょうか?」
シトリーとシュリは、顔を見合わせる。
「確かに、どこかから物資を仕入れるはずか…それでいってみましょうか。」
「そうね、クリネ…あなた、いつの間にこんな賢く…」
シトリーは心底感心したように膝を打ち、シュリはからかうように大仰に驚いて見せる。
「姉さん!…まったく。じゃあ、明日ラングさんの居る商会にお邪魔してみましょうか。今日の明日でもう発っているということはないでしょう。」
「ふふ…っ。じゃあ、明日動き出しましょうか。さぁ、今日はもう寝ましょう。」
そういって、少し名残惜しそうに窓を閉めて立ち上がった。
翌朝。三人はラングに聞いていた商会を訪れていた。受付でラングの名前を出すと、すぐに奥の応接室のようなところに通され、そこでラングと、早めの再開を果たしたのだった。
「おう、三人とも、どうしたんだ、昨日別れたばっかりだというのに、もうさみしくなったか。」
相変わらず、大らかに笑いながら三人の正面に腰かけ、何か困りごとか、と問いかけた。
「実は…。」
代表して、シュリがいきさつを説明した。ラングは腕を組み、ふんふん、と頷きながら聞いている。そして、うん、考えたな、と言って感心したようにニヤッと三人を見渡した。
「なるほど。確かに、セティへ荷を届けに行くやつらはいる。あそこだって食糧難化は必要だし、商人の中には、もともとあの街の出身の奴らもいてな、ほっとけないそうだ。今日も、この後すぐ出発する奴らがいるから、頼みこんでみてもいい。ただ…。」
ただ、最後にそう付け加えた表情は少し曇っている。
「ただ、やっぱり商人連中もあんな街には長居したくないようでな。荷を下ろすとすぐに帰ってくる。向こうでのことは、何も責任を持てねぇ。お前ら自身で何とかしてもらうことになる。それでも…いいか?」
「もちろんです。セティへ入ることができれば、あとは何とかしてみましょう。」
ね、と言ってシュリは二人を見る。シトリーもクリネも、異論はない。
「任せてください。これまでも、修羅場は何度も抜けてきましたから。それに、仮に捕まったって…」
「それに、捕まっても、それはその時、中に入れるだけ好都合、ということですか。」
シトリーの後を、いたずらっぽくクリネが引き継ぎ笑う。
「まったく、友人を死地に送るようで心苦しいが…」
一時、ラングは腕組みに力を込めてため息をつく。
「わかった。手配しよう。奴らはもうすぐこの町を立つはずだ。準備をして、すぐに戻ってきてくれ。今度は馬車の旅だ、この間より幾分か楽だろう。道中は、な。」
「ありがとうございます!」
三人は口々に礼を述べ、立ち上がろうとする。
「ちゃんと、戻って来いよ。絶対だ。死んだりするんじゃねえぞ。」
「えぇ、必ず戻ってきますよ。」
ラングからは予想もつかない心配そうな声に、シトリーは力強く答えて応接室を後にした。
そしてシトリーたちは街を出てセティへ向かった。ラングが手配してくれた商人たちは、砂漠を渡るほどの規模ではない、比較的小人数だったが、みな快く迎えてくれた。砂漠での活躍は、商人の噂になっているらしく、盗賊との戦いを道すがら話して聞かせてくれとねだられた。セティへ至るまでの街道は、砂漠を挟んでハヴォックの街と反対側にあるため、砂漠ほどの過酷さもない。だが、緑にあふれているという訳でもなく、辺り一面、礫と岩肌にまみれた荒野が広がっている。その中央によく見れば舗装されている道が続いていた。三人はその街道を通りセティへと向かっていく。不思議なことに、セティへ向かう道中ではまったくアクマの襲撃はなかった。どうやら、あの宗教がアクマから人を守るというのも、まったくでたらめでもないらしいと三人は話し合った。
ひたすらに街道を進み、もうすぐ日没になろうかというところで遠くの方に白い街並みが見えてくる。近づけば近づくほど威容をあらわにするその町は、真っ白な、おそらく宗教施設であろう教会や尖塔が目を惹く。街はこれまでのハヴォックやバルケと同じく、ぐるりと壁に囲われていたが、その先端が剣山のように見え隠れしていた。重厚な門には、武器を携えた象の頭をもつアクマが二人、立っている。
「またこれは、相も変わらず立派な城壁ですね。このあたりの街は、本当に皆こうなんですね。」
「えぇ、そうね。ちらちら見えるあの塔も、権威を示すだけでなく見張りの意味もあるのでしょう。」
「それじゃ三人とも、フードをかぶって静かにしていてくださいね。」
商人の一人がつぶやくと、馬車は門へと進んだ。御者を務める商人が門番のアクマと二言、三言話を交わすと、馬車はそのまま街の中へ入った。しばらく街を進み、大通りから一本裏に入り、大きな倉庫の前に停車すると、商人が三人に話しかけた。
「三人とも、これから俺たちは、ここで荷を下ろして帰ります。すみません…力になれるのはここまでのようですね。」
申し訳なさそうに言う商人に、シュリは大丈夫ですよ、と笑って答えた。
「お気を付けください。奴ら、どんなことをしてくるかわからない。さっき通った大通りをまっすぐ行くと、教団の本部になってる屋敷があります。あと、この近くには信者の宿舎もあったはずです。…どうか、無事で帰ってきてください。」
そういって、商人は心苦しそう位三人を馬車から降ろしたのだった。
もう夕方ということもあって、空は赤くにじんでいる。これまでの街であれば、夕飯のおかずを求める主婦や、仕事帰りの人々でにぎわう時間帯だったが、この町では不気味なほどに人通りがなく、しんと静まり返っていた。三人は、別世界へ迷い込んだような錯覚に陥ったほどだった。
「誰も…歩いていませんね。」
シュリがつぶやく。
「でも、まったく人がいないというわけでもなさそうです。家の中にこもっている、という感じでしょうか。」
クリネも油断なく辺りを睨ながら答えるが、動揺は隠せず、落ち着かない様子で刀の柄を触っている。
「取り合えず…どうしましょう。」
「まずは、その信者の宿舎に行ってみませんか。彼らがどんな生活をしているか、確認しましょう。」
シトリーが、顎に手をやって提案すると、二人も頷き、商人に教えてもらったほうへと向かった。
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