第三章 光の照らすもの-11

 それからの動きは速かった。ラングたちは、隊商の半分を率いると、半日ほどで積み荷を取り返してきた。どうやら遺跡にはもう盗賊は残っていなかったようだ。あれだけぼこぼこにされたんだ、当分活動はできないでしょう、とサイラスは言っていた。


 しかし、ラングたちが戻ってきたのは大方夕方になろうかという頃だった。これから砂漠を歩くのは無理だという判断で、一行はまたオアシスに一泊し、翌日を迎えた。


「さぁ、遅れた分を取り戻そう。ハヴォックの街まで一気に行くぞ!。」

 すっかり準備を済ませた隊商を前にして、ラングが号令をかける。おぉっ、と威勢の良い声が響き、また灼熱の待つ砂漠へと踏み出した。

 それから一行は、ぽろぽろと襲い来るアクマを退けながら砂漠を歩いた。どれだけ歩いただろうか、日も傾き始め空気の熱が緩むのを感じだしたころ、遠くの方に何やら人工物らしきものが見えた。

「街だ!ハヴォックが見えたぞ!」

 誰かが声をあげた。ざっ、とそこかしこで浮かれた声が上がる。砂漠を乗り越えた喜びに、隊員の顔がほころぶ。ラングが、シトリーたちに並んだ。

「無事に…とはいかなかったが、何とか砂漠を超えたな。」

「えぇ、本当にありがとうございました。私たちだけじゃ、こんな道のりを越えるなんてとてもできなかったわ。」

 シュリの顔も、ほころんでいた。

「いやいや、こっちこそ迷惑かけたしな。助けてもらったのはお互いさまさ。さぁ、街が近付いてきたぞ。」

 見えてきたハヴォックの街は、バルケと同じく城塞都市ともいうべき外壁に囲まれていた。門は大きく開かれているが、木造の重厚なつくりをしている。少々の矢や魔法ではびくともしそうにない。夕飯時だろう、壁の中そこかしこから営みの煙があがっている。壁の上と門の横には、武器を携えた兵士がたち、こちらを見据えていた。ラングは、足早に兵士に近づくと二言三言話し、なにやら見せているようだったが、ほどなくして兵士がわきによけ、ラングは身振りで、ほかの面子に門をくぐるよう促した。

 門をくぐると、ラングは隊商を脇に止めさせ、隊員を集めた。

「三人とも、俺たちはこれから商会へ行って荷を解く。ここでお別れにしよう。ここまで、本当に世話になった。三人がいないと、荷も奪われたままだったかもしれないし、なにより、あいつの仇も取れなかっただろうな。」

 真面目な様子で口を開くラングの後ろで、隊商の面々が口々に声をあげている。

「ありがとうよ!」

「楽しかったぜ!」

「また顔見せろよ!」

「僕たちの方こそ、本当にありがとうございました。本当に、僕たちだけでは、途中で野垂れ死んでるのがいいところでしたよ。」

「えぇ、私たちもちゃんと砂漠を越えさせてもらいました。本当にありがとうございます。」

「また、困ったことがあったら俺たちの商会に顔を出してくれ。そうだ、まだ今夜の宿も決まってないだろう。この街の赤狐亭という宿へ行って俺の名前を出すといい。うまく取り計らってくれるはずだ」

「何から何まで、ありがとうございます。本当にいい出会いでした。」

「あぁ、まったくだ。じゃあな、死んだ仲間の為に、ってわけじゃないが、活躍、期待してる。」

 シトリーたちは、惜しみつつラングと別れ、街を歩きだした。ハヴォックの街並みは、白い石レンガと木でできた砂漠らしいものだった。首都に近いためか、街の規模も大きく立派な市場や大通りでは、露店の店主が声を張り上げている。しかし、どの方向を見ても視界に入る城壁や物見やぐらが、砂漠の脅威と戦う街であることをにおわせた。

「なかなか大きな街ですね。」

 クリネが周囲を見渡しながら口を開いた。

「そうね、でも…何かしら、ちょっと変な感じがするわ。」

 みな、まっとうな生活を送っているように見える。しかし、何やらぬるりとした違和感を感じていた。何かが足りない、そんな感覚が、三人の中に生まれていた。

「そうですね、何か…。」

 そう言いながら街の広場へ出ると、その真ん中に小さな人だかりができていた。その中心には、バルケの街を襲ってきたのと同じ、白いローブを来たアクマが演説をしているようだった。

「シトリーさん、姉さん、あれ!」

「えぇ、ちょっと様子をうかがてみましょう。」

 シトリーたちは、目立たないように人だかりの最外周につき耳を傾けた。演説は終盤を迎えていた。

「ですから、魔神様はアクマも、ヒトも、救ってくださいます。魔神様のお力を求めんとする方は、セティへお越しください。あなたの不安は、我々が取り払います。アクマとヒトの争いも、盗賊も、貧困も、すべての不安からお守りします。さぁ、セティで魔神様を称えましょう。我々は、待っていますよ。」

 演説が終わると、アクマは去っていた。去り際、何かに気付いたように顔をあげたが、そのあとは足早に広場を出て行った。広場に残った人々の話に注意深く耳を傾けると、

「セティ、行ってみようかしら。」

「でもよ、相変わらず一人も帰ってきてねぇじゃねぇか。」

「ほら、あそこの家も、一家全員セティへ行ったみたいよ。」

「なんでもよ、セティでは財産みんな寄付させられて、生活もぜんぶ管理されるらしいぜ。」

「本当かよ、まるで軍隊だな。でもよ、お前ひとりも帰ってきてないのになんでそんなこと知ってんだよ。」

「ほら、この前広場にいた行商、あいつから聴いたんだよ。」

 シトリーたちはあらかた噂を聞くと、その場を離れた。

「どうやら、だんだん姿が見えてきたみたいですね。」

「えぇ、後は何とかしてセティへ入らないと…。」


 シュリとシトリーは道の端によると、考え込むようなそぶりを見せる。そんな二人を見て、慌てたようにクリネがシュリの袖を引いた。

「ちょっと、姉さん。シトリーさんも。考えるのも大切ですけど、私たちは今砂漠を超えてきたばかりなんですよ。宿へ行って、今夜はもう休みましょうよ。ね、そのほうがいい考えも出るかもしれませんし。」

「…そうね。ごめんなさい。」

「そうですね。宿に向かいましょうか。僕も、足が棒になってしまいそうだ。」

 三人顔を見合わせると、疲れたような笑みを浮かべた。そして、また街並みを眺めながらラングに教わった赤狐亭へと向かった。


 宿は、こじんまりとした木製の建物だった。周りが石やレンガ造りの建物が多い中、木の建物は言いようのない高級感がある。中もよく掃き清められており、一級の宿であることが伺われえた。受付には、ラングの話が届いているようで、品の良い女将へラングの名前を出すと、部屋へ案内された。食事も、心配いらないとのことだった。

「こちらがお部屋になります。食事は、食堂に来ていただければ用意いたしますね。それと…、すみません。今日は急だったもので、一部屋しかご用意できませんで…。ベッドは三つあるので、こちらでお過ごしください。」

 案内した女将は、申し訳なさそうに顔を伏せている。

「いやいや、大丈夫ですよ。私たちも旅の身です。こんな部屋で過ごせるだけでもありがたいくらいですから。」

 ね、姉さん。と、クリネがあわてて手を振りながら答える。シュリとシトリーも別段気にしないと伝え、部屋へ落ち着いた。

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