第10話   送迎会で騒ぐ

 はっきり言おう。俺は部長が好きだ。

 意識し始めたのは、教室で部長と話をして変な空気を解消した後からだと思う。

 やっぱり部長といるのはそれだけで楽しく、いつまでも一緒にいたいとあの時思った。

 それから爺から部長を守って……いや守られたな。爺は一瞬で部長に倒されたっけ。

 まぁとにかくあの時の儚げな部長を支えたいと思った。

 長い人生だ。これからまた、落ち込むことも悲しむこともあるだろう。その時俺は一緒にいてやりたいと思った。一人で悲しませたくない。

 そして何より楽しいも嬉しいも分かち合いたい。そう思ってる。


 うん。なんか一人で整理してるとダメだな。

 まずちゃんと好きだって言おう。色んな事は後で考えりゃいい。



 そう考え、何もないまま3ヶ月が過ぎた。



「すみません。協力してください」

 とある昼休み。俺は生徒会室応接間に部員を集めて頭を下げていた。

 応接間には、大きめのテーブルが置かれ、それを挟んで向かい合うように二つのソファーが置かれている。そして、俺は床で土下座している。

 そこから向かって左のソファーには黄泉と相模と小林が仲のよさそうに肩を寄せて座っている。楽しそうだ。

 反対側には佐藤が1人で座っている。ソファーに座る部員は全部で4人いるのに、佐藤は1人でソファー。可哀想に。


 何故土下座しているのか。端的に言うなら、結局俺はヘタレだったということだ。告白しようと思ったが、いざ部長を前にするとそんなこと言う勇気が全く出ない。あはははって笑って楽しかったねで終わりだ。部長と話すのは楽しいがそうじゃない。


 もうどうしようもなく、一人じゃ無理だと思い、部員の力を借りようと考えた。勇気が出る方法、あるいは告白せざるを得ない状況づくり。何でもいいから方法を考えてくれ。頼むこの通り。



「へたれですね」

「へたれなのです」

「へたれ」

 三人が同じく口を開く。小林だけが何も言わず苦笑している。

 甘んじて受け入れる。


 はい、ありがとうございます。どうぞ私めを罵ってください。だがな。貴様ら、意見はきちんと出せよ?じゃないとわかってるよなぁ!?あァ!?



 まず最初に勢いよく手を挙げたのは佐藤だった。

 ドヤ顔で自信満々な様子がすごいむかつく。

 俺はソファーから乗り出す勢いの佐藤を指差し、発言を促した。

「はい、佐藤くんどうぞ」

 佐藤は元気に「はい!」と返事をして発言する。

「副部長は部長と結婚したいんですよね?」

「うん?結婚?まぁ、そうだな。結婚、したいっちゃしたいな」

 どこか飛躍している気がする。結婚の話はしてない。したいが。

 意気込む佐藤はさらに語り出す。

「では、鬼との一騎打ちしかありません!」

「は?」

「結婚といえば『娘さんをください!』『ならば1発殴らせろ』は定番ですよね?だから、部長を大切にしている鬼と戦って奪うんですよ。あるいは死闘の末、認められるんです。なら一騎打ちでしょう。男の見せどころですよ副部長!それしないと男じゃないですって!」

 楽しそうに言う佐藤。ぶん殴りたい。

 佐藤は鬼に勝ってから調子に乗っている。何より筋肉を過信するようになった。脳みそまで筋肉になってしまったのだろう。

「どうです?どうです?」と言い寄ってくる佐藤を魔道具で焼き払い、次の提案を募る。


 黄泉がおずおずと手を上げる。

 黄泉は結構すっとぼけたことを言う。

 ちょっと不安だが、今は藁にもすがりたい。(ただし佐藤以外)

 不安を拭うように首を振ってから、黄泉に声をかける。

「どうぞ」

「なんか適当になってないです?」

「気のせい。まいてまいて」

 俺が腕をくるくる回すジェスチャーをしながら急かす。

 それを見た黄泉は素直に慌てながら話し始めた。

「わ、私は副部長が脱げばいいと思うのです!」

 あわあわと手を振りながら黄泉が叫ぶ。

 ほぼ期待してなかったが、案の定馬鹿なことを言い出した。

 脱ぐって何?何で告白で脱ぐんだ?変態じゃねーか。

 本当にこいつらには有難くて涙が出る。一応理由を聞く。

「なんで?」

「私が見たいのです!」

「……」

「あ、いや、えーっと脱ぐとやっぱり雰囲気が出やすいような気がするのです。だから、はい……」

 黄泉が思い切り自分の願望を叫んだ後、徐々に声を小さくしながら理由を後付けする。理由になっていない。

 俺は大きくため息を吐き、役に立たない黄泉を可哀そうな人を見る目で見つめた。

 少し俯いて、突然真っ赤になった黄泉を無視して次へ行く。



 相模がびしっと手を挙げ、それと同時に、小林がするすると手を上げた。

 ちょっと相模が早かったかな。

「相模」

 俺は投げやりに相模を指さす。

 投げやりだったのが気に食わなかったのだろうか。相模はこちらを睨みながらも静かに口を開ける。鈴のなるような澄んだ声が響く。こいつの声は本当に綺麗だ。声だけは。

「校長に圧力かけて部長の成績を操作。卒業を対価に告白を迫るといい。これで確実だ。間違いないな」

 そう言って、鼻高々にどうだと言わんばかり顔をこちらに向ける。呆れの視線と返す。もはや何も言いたくない。

 こいつら本当に学年成績上位者か?勉強だけってことなのか?まともな意見が出ないんだが。


 返した視線を察してくれず、ずっと自慢げな顔をするので、はっきりと断る。

「却下」

「何故だ!」

 自信があったのを否定されて納得いかないのか、相模がどんとテーブルを叩く。コンロの魔道具が発動して、火が起こった。

 火力は控えめだったが、びっくりしたのか、相模は絶叫をあげ飛び上がり、手を押さえながらドアから走って消えていった。何がしたいんだ。



 小林が相模の一部始終を見て、俺たちを襲った時の失態を思い出したのか恥ずかしそうにしている。

 とにかくあとは小林しかいない。頼むぞ小林。

「小林……頼む……頼むからまともなことを言ってくれ……」

「先輩、心の声漏れてます」

「じゃあ小林」

 小林の指摘を流して、発言を促す。

 小林は意気揚々と話し出す。

「はい。単純ですが、日の落ちた放課後に、屋上とかここに呼び出して、2人で雰囲気を作って告白しちゃうのがいいと思います。ぶっちゃけ、劇的な方法なんてないです。先輩の勇気次第だと思いますよ。大丈夫です。きっと部長は先輩をよく思ってます。抱き合ってたじゃないですか。あの温もりを思い出してください。自分を信じましょう!」

 拳を握った両手を胸の前で抱くようにして、ふんすと鼻をならす小林。仕草は無駄にあざといが、助言はありがたかった。今までの出た役に立たない意見とのギャップから、涙が出そうになる。


 俺は本当にいい後輩を持った。この部活に入ってよかった。

 正直小林にはひどいことをしてしまった。そんな俺に言ってくれた言葉は、本当にただ優しい言葉だった。申し訳なさとありがたさが溢れる。

 こいつらとの別れも近い。10月ももう終わる。卒業までの時間はもう6か月しか残っていない。

 部員たちから貰った楽しい日々に値するものを、こいつらに返せるだろうか。返せない気がする。でも必ず「ありがとう」と伝えよう。


 小林の言葉はどこか胸にしみた。

 だから余計に、俺は楽しかった日々の終わりを考えてしまった。俯いてしまう。

「先輩、泣くのは告白してからにしましょう?」

 小林が呆れと心配の混ざった笑みを浮かべ、隠した顔を下から覗き込んでくる。

 優しい笑顔が目に映る。

 そんな小林に「泣いてないぞ……」と返し、顔をあげる。そうだな。大丈夫だ。

 俺は今日、告白をする。


 その後二人で作戦を考えた。

 うんうん悩んでいると相模が戻ってきて、文句を言いながらもよく考えた案を出してくれた。

 真っ赤になっていた黄泉もそれを見てやっと復活し、わいわいと話し合いに混じる。

 床に転がる焦げた佐藤は最後まで起きなかった。


 そうして俺たちは皆で協力し、部長への告白について悩んだ。



 放課後、部長を呼びだす。

 この時期3年生は授業がない。そのため部長は家で勉強しているらしい。俺が呼ぶとほいほいついてくるので、普段はだいたい学校にいるのだが、今日は呼んでいないため部長はまだ家にいるみたいだった。


 部長の家は学校からそれなりの距離がある。自転車でも20分はかかる。だが部長の身体能力だと最速10分かからないらしい。直線距離を移動しているとかなんとか。人間かよ。


 つまりあと10分で部長は屋上に来るのだ。

 最後の確認をする。

 言葉は大丈夫。伝えることはもうとっくに決まってる。

 服は制服だが襟まできちんと整えてきた。

 あとはあとは……。


 ふと屋上のドアの向こうに部員たちが見えた。何やらこそこそやっている。佐藤がまたちょっかいを出しているのだろう、何かが繰り返し地面に叩きつけられる音がする。


 今までのことを思い返す。俺たちは部長に唆され何となく体操部とやらに参加した。始めはすこしぎこちなかった。……いやぎこちなくないな。カラオケで部名を決めたときから滅茶苦茶だったな。教官室で教師にビビったり、それから顧問の爺がボケて話にならないから、適当に駄弁ったり、魔女探ししたり、佐藤がヤンキーになって鬼に叩きのめされたり、相模が急に話し出したり、小林と戦ったりしてきた。この2年間ずっと騒がしく、何より楽しい毎日だった。佐藤に、黄泉に、相模に、小林に、そして部長に感謝だ。

 うん。そうだな。一緒にいて楽しかった気持ちを伝えればいい。そう思うと気持ちが軽くなった。


 部長が屋上へやってくる。

 日の落ちた屋上。月の明かりが俺たちを照らす。夜の闇の中、部長の綺麗な黒い髪が月光を反射して揺れる。屋上の真ん中に一人で立つ俺を見つけて、小さく笑いかけながら部長が近寄ってくる。

「どうしたの?こんなところで」

 そう、部長が話しかけてくる。

「ちょっと言いたいことがあってな」

 きっと何となくわかっているだろう。でもこれだけはきちんと言葉にするのだ。そうやって人に伝えるのだ。このどうしようもなく愛おしい感情を。

 部長に誘われて、色々なことがあった。部名決めて、体育教師にびびって、生徒会と話して、魔女を探して、気まずくなって、教室で話をした。両親のことで陰がさす部長をみて、悲しくもなった。そんな部長のために爺と戦ったこともあった。結局守られたけど。

 部員を集めて、操られて、破壊してしまって、謝って、部長に胸を貸して、家まで送った。

 思えばいつも部長を見ていた。

 部長の目を見る。濁りのない明るい茶色が、星のように闇夜に浮かぶ。


「俺は、部長が好きだ」

 大切な言葉、大切な感情を口にする。精いっぱいの感情を込めた言葉を伝える。


「うん。私も好きだよ」

 部長はそう言って、楽しそうに茶色の瞳を揺らし、大輪の花が咲くように笑った。




 ★★★




 俺は部長と同じ大学受かった。本当に大変だった。まぁ終わり良ければ全て良しだ。


 つつがなく退屈な卒業式が終わった後、俺たちは生徒会室に集まっていた。今回はちゃんと部長もいる。ものすごく今更だが、ここって完全に部室扱いしていいのか?

 今日集まったのはいわゆる送る会のためらしい。応接間が輪飾りでいっぱいになっている。色とりどりに装飾された室内をみて、俺は驚きの声をあげた。

「生徒会室なのにここまでやっても怒られないのか」

「副部長、それは今更です」

 佐藤がそう言って笑う。さらに「だいたいこっちにはバックに校長がいるんですからね」と付け足した。

 そうだったな。権力様様だ。

「今日はですね。実は部長副部長結婚おめでとうの会でもあるのです!」

 黄泉が嬉しそうに話す。意味不明すぎる。いや告白見てたのは知ってるし、報告もしたけど。

「どういうこと?」

 部長も不思議そうに尋ねた。

「ケーキがある」と相模が自慢げに言う。私の御用達のお店のケーキだと、胸を張っている。

 なおさらわからん。何故ケーキ?

「ではケーキ入場~!」小林が叫ぶと、生徒会のメンバーが1m近くあるケーキを台車で運んできた。生徒会雑用に使うなよ。生徒会もそれでいいのか。

 視線を感じたのか生徒会長がこちらを見る。少し相模を見て、視線を戻しゆっくり首を振った。うちの相模がなんかごめん。


「これ、ウェディングケーキだね。初めて実物見たよ」

 部長が驚いている。その表情はどことなく嬉しそうだった。

 ウェディングケーキはかなり本格的なものだった。天辺にリボンの形をしたチョコレートが飾ってあり、その一部が4段に重なったケーキに沿うように降りている。それは、いわゆるショートケーキで、満遍なく塗られた白いホイップクリームに、真っ赤に熟れたイチゴがいくつも飾られている。お菓子のバラも混ざって全体が綺麗に彩られている。え、これすごい高いんじゃないのか。

 本当に高そうなケーキに少し呆けていると、小林が袖を引いて声をかけてきた。

「先輩、包丁もってましたよね?」

「包丁?」

 包丁持ち歩くなんて不審者じゃないか。俺はそんなのもったことないぞ。

 すると部長が思い出したようにポンと手を叩く。

「魔道具のことだね?」

 そういって部長はどこからともなく、あの破壊の魔道具を取り出す。あの魔道具は不定形であるため、使用者によって形が異なるらしい。

「じゃあ副部長、これ」と言って部長が魔道具を渡してくる。

 俺は部長に体を寄せ、魔道具を持った部長の手ごとそれを握る。魔道具が包丁の形になる。

 部長は俺を見て朗らかに笑うと、一緒に切ろうかと誘った。俺は頷くと、せーのと息を合わせ、ケーキに向け魔道具を振り下ろした。


 わーわーひゅーひゅー騒ぐ声が聞こえる。

 うるさいと笑いながら、俺は「ありがとう」とお礼を言った。


 あの魔道具では実体あるものを切れない。なので切れていないケーキをナイフで丁寧に切り崩していく。

 部員たちは入刀のナイフは用意したのだが、銃刀法に引っかかりそうだったから持ち込めなかったと言っていた。何を持ってくる気だったんだ。

 ふと部員たちに、「楽しかったか?」と聞く。

 それを聞くと皆は、驚き半分と呆れ半分に笑い、「もちろん」と口をそろえた。


 ケーキを切り崩し皆にいきわたると、最後に永遠を誓い合った二人は前へと送り出され、「では誓いのキスを!」と言われた。

 焦る俺に、部長の視線が刺さる。何やら期待したようにこちらを見上げる。い、いやでもみんないるし……。

 じっと見つめる部長の恥ずかし気な雰囲気が伝播したのか、皆が静かになる。すごい期待されてる。

 そして部長が目を閉じた。

 それを見て覚悟を決め、俺は一度大きく息をつき心を落ち着けると、部長に顔を寄せた。

 唇にあたる小さな感触。痺れるような一瞬の後、温かさが全身へ広がる。

 顔を離すと、部長はゆっくりと目を開け、はにかんだように笑った。




 ちなみにケーキを切るとき適当に魔道具を振るったため、どうやら『味』を破壊したらしく、俺たちは何の味もしないケーキを食べることになった。

 俺たちらしい終わりだと、みんなで笑った。


 味のないケーキを食べるのに飽き、ケーキの投げ合いになった。

 俺たちが騒ぎ過ぎたせいか鬼まで乱入してくる。

 誰が呼んだのか校長までやってきて、みんなで日が暮れるまでずっと賑やかに過ごした。


 それはいつものような、とても楽しい一日だった。





 終

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騒がしい毎日 @nekomozi

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