家族、ときどき、じゃま。(ショートショート)

あんちゃ

第1話 思考停止

和夫と由紀江は、渾身の愛を注いで息子を育てた。


「わたしね、やっぱり勉強だけはしっかりさせたほうがいいと思うの。あの子のためにもね」

「そうだな。あいつには良い大学を出て、良い企業に勤めてもらわなければな」



小さい頃からずっと息子に勉強をさせてきた。時には厳しく、時には寄り添いながら。

近所の子どもとの遊びはほどほどにして、小学校のときから塾にも通わせた。


「なんで勉強しなきゃいけないの?」

息子はよく尋ねた。


「それはね、まず勉強ができるようになってから考えればいいの。そんなこと考える暇があったらたくさん勉強して、良い大学に入るのよ」

由紀江は毎度息子に言い聞かせた。


「あいつの勉強は順調にはかどっているか」

「ええ。すごく熱心に勉強しているわよ。このままいけば、あの子も将来安泰ね。わたしたちも安心だわ」


その後も息子は、熱心に勉強しつづけた。中学も高校も毎日塾に通い、学校の授業内容は完璧に覚え、テストでは毎回学年トップになっていた。




そんなある日、父と母が乗った車が買い物帰りに事故に遭い、二人とも還らぬ人となった。


息子はひどく悲しんだ。

「父さんと母さんが天国で安心できるように、もっと頑張って勉強しなくちゃ」



そこから息子は親戚に引き取られ、叔母と一緒に生活を共にした。

しかし叔母はあまりにもその息子が四六時中勉強しているので、少し心配になった。


「もう大学生なんだし、サークルやバイトはしないのかい?」

「しないよ。父さんと母さんが、勉強だけしていればいいって言ってたから」



和夫と由紀江がいなくなってしまった今、彼を止められる人は、誰もいない。


息子は、死ぬまで勉強だけをしつづけた。

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