Bitter Bitter Sweet

花梨 ジャム

いつかの青春


 高1の夏。

初めてその声を聞いた瞬間、「あ、好きだ」と思ってしまった。

少し低くてちょっと掠れた彼の声は私の中にすぅっと溶けるように入ってきて、私の中の一部になった気がした。


 その日から私は気が付くとその声を追っていた。

彼は少し背の低いバスケ部の男の子で、帰宅部の私とは接点があまりなかったけど少しでも近づきたくて、高2の春休みの前に思い切って声をかけてみると彼は笑って答えてくれた。


 高2になって、その彼と同じクラスになって少し話す機会が増えた。

最初の席替えでたまたま隣の席になって、彼もよく話しかけてくれて、なんだかグッと距離が縮まった気がして毎日が楽しかった。


 その頃から彼は、少し背も伸びてきてバスケ部でも実力がついてきたのか次期エースなんて呼ばれ始めて、学年でも彼を気にする女の子が増えてきた。

でも私はクラスの可愛い子たちとは少し縁遠くて、人気者の彼とは違う世界の住人のような気がして、少しずつ距離を取るようになって彼と話すことも少なくなった。


 高校最後の体育祭で、同じ学年の女の子が彼に告白するという噂を聞いた。

彼と話さなくなってからも私は相変わらず目線だけ彼を追ってしまってて、そんな中聞いたその噂は私をたまらなく不安にさせた。


 高校最後の体育祭。

彼は実行委員に立候補していたから私も立候補してしまった。

他にも立候補をして女の子がいたけど、あみだくじの結果私に決まった。

嬉しすぎて小さくガッツポーズをしたのは多分誰にも見つかってない。


 体育祭当日の午後。

昼休みの間に彼が呼び出されて告白をされていたと噂されていた。

友達から肘でつつかれていた彼は少し照れくさそうな顔をして笑っていた。


 私は全てがどうでもよくなってしまって体育祭が終わるまで倉庫でさぼった。

気が付くと目の前には少し息を切らした彼の顔があった。

私はただ口をパクパクとさせていて、まるで金魚のような顔をしていたと思う。


「好きだ。1年の頃、初めてお前を見た時から好きだった」


 そんな彼が今、私の左手の薬指に鈍く光る輪をはめてくれようとしている。




「みたいな物語があってもよかったと思うのよ」

「そんなどっかのドラマみたいな出会いとかある訳ねえだろ」

「まあそうねぇ、実際は普通に体育祭の後にあなたから告白されたんやもんねぇ」

「っ、うるっせ!」


 そう言って彼は缶ビールを呷る。

隣でにやつく私の鈍く光る小さなガッツポーズは未だに彼に見つかっていない。

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