第4話

 三日後、賀蘭氏は急逝した。突然に口や鼻から血を吹き出し、もだえ苦しみながらの死であったという。


 聖上の嘆きようは一方ひとかたならず、死因は毒殺説がささやかれ、また宮中の人間は誰もが指示した人物を正確に思い浮かべることができたが、むろん噂や憶測は速やかに葬られていった。

 このように宮中が口をつぐんで平静を装ったのは、魏国夫人を毒殺したとして、罪をなすりつけられた武惟良ら武后の親族――実は、彼等は武后とは悪しき因縁があり、対立していた――が誅殺されたためであった。


「何をしているの?」

 とげのある仙月の声に、相手が振り返った。

 太掖池たいえきち(注1)のほとり、貴婦人のごとくすらりと枝を伸ばした柳は、かつて聖上と、彼の愛した女人の語らいの場であり、その根元には桔梗ききょうの束が置かれていた。

 問いに答えずうつむいたままの弐娘の脇を通り抜け、柳の根元まで来た仙月は、足を挙げて桔梗を踏み散らした。こんなもの、こんなもの……長いまつ毛に縁どられた彼女の眼はいかりに燃え、唇からはどす黒い血のような言葉がこぼれ出る。

「魏国夫人は、死んで当然だったのよ。聖上の御威光を盾に、皇后様をないがしろにして…」

 弐娘は青みがかったその瞳に哀を宿らせて、同輩を見やった。そして、おそらくありったけの勇気を振り絞ったのだろう、彼女の口からもとぎれとぎれに言葉が転がり出る。


「…日輪の上を飛べるのは、告天子ひばりだけよ。天上の世界を飛べるのは、天上の鳥だけよ。他の鳥では墜落してしまうわ」


「何のことか、さっぱりわからないけど?」

 馬鹿じゃないの――弐娘への憤怒が頂点に達した仙月は吐き捨てるように言い、相手を突き飛ばして背を向けた。


――皇后様のごとき鳳凰の翼には比べられぬけれども、所詮この宮中において、高く上がれぬ鳥は惨めに射落とされて死ぬだけよ。



***

注1「太掖池」…中国歴代王朝の宮城にあった池を指す。本作では蓬莱宮(大明宮)の太掖池。

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